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第十六部・クリスマス 編

そういう問題じゃない

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 ――香澄!

 佑は商業フロアを駆け抜け、スタッフオンリーのゾーンに入ったあと、迷いなく貨物用エレベーターに乗り込んだ。

 貨物エレベーターは二階のChief Every本店に続き、直接オフィスフロアの衣類保管庫まで上がれる。
 途中で止まる階がないので、時間をカットできる。

 佑は余計なライトがない貨物用エレベーターの中で息を潜め、バクバクと鳴る自分の心臓を押さえる。
 やけに長く感じる三十五階までの上昇時間を堪え、ようやく衣類保管庫に着く。

 妙な所から出てきた佑に困惑する社員を押しのけ、非常階段で三十三階まで駆け下りた。

 バタバタと足音を立てて医務室まで走ると、ドアには〝不在〟と札が下がっている。

 だが佑は迷いなくドアノブを捻った。

 ドアを開き、佑は婚約者の名を呼ぶ。

「香澄!」



**




 慌ただしい足音が聞こえ、香澄は「え? まさか……」と思った。

 ――と思っていたら、バンッと医務室のドアが開き自分の名前を呼ぶ声がする。

「香澄!」

 このビルで自分をこう呼ぶのは、たった一人しかいない。

(どうしよう)

 香澄は布団の中で、キャミソールとストッキング姿で固まっている。
 足音がツカツカと近付いたあと、シャッとカーテンが引かれて佑が姿を現した。

 お互い、びっくりしたような顔で見つめ合い、数秒固まる。

「げ、元気だよ!?」

 先に声を出したのは、香澄だった。

「花織先生に見てもらったけど、全然かすり傷なの。気づかなかったぐらいだし、消毒してもらった時はピリッと痛かったけど、血とかは全然なの。だから――」

「――落ち着いて」と言う前に、バッと羽毛布団が剥がされた。

「あっ……」

 ヌクヌクしていた布団を奪われ、香澄は思わず手で体を隠す。
 結果、肘の下にある傷が晒された。

「っ――――!」

 佑は唇を震わせながら大きく息を吸い込み、――何か言葉を発しようとして、く、と呼吸を止める。

 それから佑は目を閉じて、感情を抑え込む。
 たっぷり十秒以上経ってからフゥ……とゆっくり息を吐き出し、もう一度溜め息をついてから佑はベッドの端に座った。

「……腕、触ってもいいか?」

「うん」

 香澄の返事を聞いてから佑は彼女の腕に触れ、一文字に切られた傷を見つめる。

「痛むか?」

「ううん。お料理してて包丁で指切った時のほうがずっと痛い」

 冗談めかして笑うと、佑も唇を歪めてぎこちなく笑う。

「気づかなかった?」

「……んー。私、あの時お菓子配るのに夢中だった。周りはお客様が大勢いて、一人一人きちんとお渡ししないとっていう気持ちで一杯だった。一瞬だけ『腰が熱いかな?』って思ったけど、人の熱気や汗を掻いていたのもあっておかしく思わなかった」

「腰、見せて」

「ん……」

 肘をついてモソモソとうつ伏せになると、佑の手がキャミソールをめくり、パンティごとストッキングをずり下げる。

 また、大きな溜め息が聞こえた。

 香澄のお尻に触れていた手が、少し躊躇ってから腰をたどる。
 傷口に触れないものの、側をツ……となぞられ、香澄はこんな時だというのにゾクッとしてしまう。

「……俺の、……ものなのに」

 苦しげな声がし、また溜め息が聞こえる。
モソリと体勢を戻すと、佑はベッドの縁に座ったまま、両肘を膝につけて頭を抱えていた。

「……大丈夫だよ。ほら、紙で指を切っちゃう時あるでしょう? あれより全然痛くないから。それに花織先生も二週間もすれば綺麗にな――」

「そういう問題じゃないだろう」

 佑はまた大きな溜め息をつき、香澄に向き直る。

「そういう問題じゃない」

 もう一度言われた香澄は、ただ佑を見つめ返すしかできない。

 佑はポケットからスマホを出し、どこかに電話を掛ける。
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