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第十六部・クリスマス 編

凶報

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「第三者からそう言われると、改めて社長の凄さが分かる気がします」

「傷の手当てだけど、とりあえず大きめの絆創膏を貼っておくわね」

「はい、ありがとうございます」

「赤松さん、もと着ていた服は? ボロボロになったワンピースを着るのは可哀想だし、持ってきてあげるわ」

「ありがとうございます。社長秘書室のロッカーなんですが……」

「今は松井さんか河野さん、どっちかいる?」

「河野さんは社長と一緒にイベントに行っていますが、松井さんは通常業務の補佐のため、社長秘書室にいるはずです」

「分かったわ。ちょっと待っててね」

「はい。すみません」

 花織はカーテンの隙間から出て、「じゃあ」と声をかけて医務室を出ていった。

 一人になった香澄は、とりあえずストッキングを穿き、もそもそと布団の中に潜り込む。

 医務室のベッドは寝具も上等だ。

 他の企業は分からないが、一般家庭で使っているシングルベッドのようだ。

 処置室の隣にはカウンセリングルームもあり、そこにはリラックスして話せるようにリクライニングソファもある。
 ストレスを抱えた社員のため、間接照明を用いてホッとできる空間になっているらしい。

(……佑さんにどうやって言い訳しよう)

 香澄はホテルのような天井を見上げ、ぼんやり考える。

(絶対怒るよなぁ……。ニセコの時でああだったんだから、今回の傷を見て……。うわぁ、どうしよう)

 考え込むも、生島が包み隠さず話しているだろうから、言い逃れのしようがない。

 と言っても香澄自身、何があったのか分からない。
 お菓子を配るのに一生懸命だったし、あの混雑具合では誰が紛れていてもおかしくない上、判別がつかない。

(ニセコの時は一か月空いていて佑さんも禁断症状が出ていたし、あの時と同じとは限らないよね?)

 布団の中でヌクヌクしながら考えていた時、廊下からバタバタ……と走ってくる足音が聞こえた。



**



 佑はイベントが終わったあと、出演アーティストに礼を言っていた。

 本来なら商業施設内のイベントレベルでは出てくれない人が「御劔さんの頼みなら」と快諾してくれた。

 勿論、報酬もたっぷり弾むが、しっかり礼を言ったほうがのちの関係も良くなる。
 司会の女性、お笑い芸人、ジャズシンガーグループ、歌手、ダンサーと、佑はステージ裏で挨拶をした。

 松井からすぐ戻るようにという指示もないので、バックヤードの片付けを手伝っていた時、声をかけられた。

「社長」

「ん?」

 振り向くと、営業部の生島がいる。

 元気のいい男で、佑に対してもワンパクに絡んでくる。
 その生島が、佑の目の前に立って言いにくそうに表情を歪め、視線を泳がせている。

「何だ?」

 生島に向き直った時、彼のジャケットの袖がしわくちゃになっているのを見た。

(何かあったか?)

 営業マンにとってスーツは戦闘服だ。

 スーツが皺になっていれば印象を悪くする事だってある。
 生島は服装や見た目には十分気を付けている印象があったが……。

「非常に言いにくいのですが……」

「何だ?」

 生島は体の前で組んだ手の指を落ち着きなく動かし、視線を左右に泳がせ、あきらかに動揺している。

「何かミスがあったなら、すぐ言ってくれたほうが助かる」

 そう言った時、生島が「えいっ」という感じで口を開いた。

「赤松さんが菓子を配ってる最中に、何ものかに切りつけられました。左腕と腰にカッターで切られたような跡があり、手袋やワンピースが切れていました。見つけてすぐ医務室に連れて行った――――えっ? 社長!?」

 切りつけられたと聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。

 全身の血が沸騰したかのような怒りを覚え、それで体が熱くなったように思えたのに、あまりの恐ろしさに体温が下がったようにも感じる。

 一瞬固まっているうちに生島の説明は続き、〝医務室〟という単語が出た瞬間、佑は駆けだしていた。
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