1,036 / 1,559
第十六部・クリスマス 編
クラウスとビァネ
しおりを挟む
湯上がりでヘアセットされていないが、アシンメトリーの分け目からクラウスだろう。
「フルーツ?」
白Tシャツにグレーのスウェットズボン姿の彼は、ルームシューズを履いた足でキッチンに来た。
「はい。ラ・フランスです」
「あぁ、いいね。ビァネ好きだよ」
「びあね」
「そっか、日本だと和梨もあるから、洋梨、和梨って括りになってんのか。こっちだとビァネでまるっと洋梨を差すよ。ラ・フランスもあるし、バートレット、オーロラ、マルゲリット・マリーラとか色々種類がある」
「ドイツって和梨ないんですか?」
「一応あるよ。商品名はそのままローマ字でNashiって書いてある」
「んふふふ。なんか面白い」
「ドイツにある日本の果物ったらみかんがあるね。いわゆる冬みかん。皆、サツマって呼んでるね」
「ふぅん……。〝サツマ〟って日本名で呼ばれてるの、何か嬉しいです」
微笑むと、クラウスが皮を剥いたラ・フランスを指さした。
「一個食べていい?」
「はい、どうぞ」
深緑色の焼き物の大皿にあったラ・フランスを、クラウスは指で摘まんで齧り付く。
「ん、おいし」
「良かったです」
そのあとクラウスは大人しくラ・フランスを切ったり剥いたりしている香澄を見ていたが、ぽつんと尋ねてきた。
「マイちゃん、どれだけ怒ってた?」
「ん、あー……。……すみません、気にしちゃいますよね」
「ううん。僕らが悪かったんだし、全然いい。今でもカスミはよく許してくれたなって思うし」
クラウスは一九十センチメートル近くある長身を折り曲げるように、キッチン台の上に頬杖をついて香澄の顔を覗き込む。
「……喧嘩は嫌なんです。ギスギスした空気とか苦手です。好きな人には笑っていてほしいです。私が優しいからとかじゃなくて、心地よく過ごしたいだけのエゴなんです」
「カスミは本当に平和主義だよね。僕らだったら、自分の感情ややりたい事を優先しちゃう」
「ふふ。和を重んじる日本人で、共感主義の女性ですから」
香澄は微笑み、わざとらしく言う。
「そんなカスミの親友だから、何を言われても謝ろうって思うよ。僕らがカスミの人の良さを利用したのは事実なんだから」
寂しそうに笑うクラウスを見て、香澄は胸の奥にキュッとした痛みを感じる。
「私は怒っていませんから、もう自分を責めないでください。むしろ今回はマティアスさんに助けて頂いて、チャラ以上になったと思っています」
「そう? 全然チャラになってないと思うけど。まぁ、全部あの女のせいって言ったらそれまでなんだけど、僕らがした事を棚に上げるのはまた違うからね」
クラウスが「あの女」と言ったのがエミリアだと察し、香澄はラ・フランスを一つ囓りながら尋ねた。
「……佑さんがいない今だからお聞きますが、私、八月のイギリスの記憶があまりないんです。気が付いたら帰国していた感じでした。……クラウスさんはイギリスで何があったか知っていますか? ……知って、……いますよね?」
尋ねた時、サッとクラウスの表情が曇った。
「知らないほうが幸せな事ってあるんだよ。タスクも僕たちも、意地悪でカスミに隠し事をしているんじゃない。君を守りたいから沈黙しているだけだ。『寝た子を起こすな』って言葉があるだろう?」
警告を受け、香澄は口の中にある果実を咀嚼して考え込み、呑み込む。
「……良くない事なんですね」
「記憶がなくて不安になるのは分かる。自分の事なら自分で把握し、理解していたいもんだ。……でも、思い出せないっていうのは、本能のサインでもある。防衛本能に従っておいたほうがいいよ」
香澄は知らずと溜め息をつき、最後の一口を口に入れる。
もぐもぐと口を動かしながら溜め息をつくと、ラ・フランスの芳醇な香りがする。
いつもならとても幸せな気持ちになれるのに、今はばかりは元気が出ない。
「僕はできる事なら、カスミに思い出してほしくない。もしその時がきたら、カスミは『思い出したくなかった』って思うんじゃないかな。どうにもならない事を気にしても仕方がないでしょ。これから楽しい事があるし楽しもうよ。マイちゃんも来るんでしょ?」
優しく言われ、香澄はコクンと頷く。
「何話してんのー?」
その時、湯上がりとおぼしきアロイスが現れた。
彼もキッチンに来て、「お、ビァネ」と笑顔になる。
そしてすぐに、香澄とクラウスの様子に気づいた。
「フルーツ?」
白Tシャツにグレーのスウェットズボン姿の彼は、ルームシューズを履いた足でキッチンに来た。
「はい。ラ・フランスです」
「あぁ、いいね。ビァネ好きだよ」
「びあね」
「そっか、日本だと和梨もあるから、洋梨、和梨って括りになってんのか。こっちだとビァネでまるっと洋梨を差すよ。ラ・フランスもあるし、バートレット、オーロラ、マルゲリット・マリーラとか色々種類がある」
「ドイツって和梨ないんですか?」
「一応あるよ。商品名はそのままローマ字でNashiって書いてある」
「んふふふ。なんか面白い」
「ドイツにある日本の果物ったらみかんがあるね。いわゆる冬みかん。皆、サツマって呼んでるね」
「ふぅん……。〝サツマ〟って日本名で呼ばれてるの、何か嬉しいです」
微笑むと、クラウスが皮を剥いたラ・フランスを指さした。
「一個食べていい?」
「はい、どうぞ」
深緑色の焼き物の大皿にあったラ・フランスを、クラウスは指で摘まんで齧り付く。
「ん、おいし」
「良かったです」
そのあとクラウスは大人しくラ・フランスを切ったり剥いたりしている香澄を見ていたが、ぽつんと尋ねてきた。
「マイちゃん、どれだけ怒ってた?」
「ん、あー……。……すみません、気にしちゃいますよね」
「ううん。僕らが悪かったんだし、全然いい。今でもカスミはよく許してくれたなって思うし」
クラウスは一九十センチメートル近くある長身を折り曲げるように、キッチン台の上に頬杖をついて香澄の顔を覗き込む。
「……喧嘩は嫌なんです。ギスギスした空気とか苦手です。好きな人には笑っていてほしいです。私が優しいからとかじゃなくて、心地よく過ごしたいだけのエゴなんです」
「カスミは本当に平和主義だよね。僕らだったら、自分の感情ややりたい事を優先しちゃう」
「ふふ。和を重んじる日本人で、共感主義の女性ですから」
香澄は微笑み、わざとらしく言う。
「そんなカスミの親友だから、何を言われても謝ろうって思うよ。僕らがカスミの人の良さを利用したのは事実なんだから」
寂しそうに笑うクラウスを見て、香澄は胸の奥にキュッとした痛みを感じる。
「私は怒っていませんから、もう自分を責めないでください。むしろ今回はマティアスさんに助けて頂いて、チャラ以上になったと思っています」
「そう? 全然チャラになってないと思うけど。まぁ、全部あの女のせいって言ったらそれまでなんだけど、僕らがした事を棚に上げるのはまた違うからね」
クラウスが「あの女」と言ったのがエミリアだと察し、香澄はラ・フランスを一つ囓りながら尋ねた。
「……佑さんがいない今だからお聞きますが、私、八月のイギリスの記憶があまりないんです。気が付いたら帰国していた感じでした。……クラウスさんはイギリスで何があったか知っていますか? ……知って、……いますよね?」
尋ねた時、サッとクラウスの表情が曇った。
「知らないほうが幸せな事ってあるんだよ。タスクも僕たちも、意地悪でカスミに隠し事をしているんじゃない。君を守りたいから沈黙しているだけだ。『寝た子を起こすな』って言葉があるだろう?」
警告を受け、香澄は口の中にある果実を咀嚼して考え込み、呑み込む。
「……良くない事なんですね」
「記憶がなくて不安になるのは分かる。自分の事なら自分で把握し、理解していたいもんだ。……でも、思い出せないっていうのは、本能のサインでもある。防衛本能に従っておいたほうがいいよ」
香澄は知らずと溜め息をつき、最後の一口を口に入れる。
もぐもぐと口を動かしながら溜め息をつくと、ラ・フランスの芳醇な香りがする。
いつもならとても幸せな気持ちになれるのに、今はばかりは元気が出ない。
「僕はできる事なら、カスミに思い出してほしくない。もしその時がきたら、カスミは『思い出したくなかった』って思うんじゃないかな。どうにもならない事を気にしても仕方がないでしょ。これから楽しい事があるし楽しもうよ。マイちゃんも来るんでしょ?」
優しく言われ、香澄はコクンと頷く。
「何話してんのー?」
その時、湯上がりとおぼしきアロイスが現れた。
彼もキッチンに来て、「お、ビァネ」と笑顔になる。
そしてすぐに、香澄とクラウスの様子に気づいた。
23
お気に入りに追加
2,572
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない
若松だんご
恋愛
――俺には、将来を誓った相手がいるんです。
お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。
――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。
ほげええっ!?
ちょっ、ちょっと待ってください、課長!
あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?
課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。
――俺のところに来い。
オオカミ課長に、強引に同居させられた。
――この方が、恋人らしいだろ。
うん。そうなんだけど。そうなんですけど。
気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。
イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。
(仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???
すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる