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第十六部・クリスマス 編

彼が作ってくれたワンピース

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「私はずっと秘書業をしていて、良い父、夫ではありませんでした。まともな時間に帰れず、妻が子育てで大変な思いをしていても、出張の同行で家にいられませんでいた。その頃はまだ、今ほど育休が広まっていませんでしたしね。……あぁ、前の会社の話ですよ。ですから、妻には本当に感謝しているんです。ガツガツしなくても仕事をこなせるようになった今だからこそ、イベントがあれば妻に感謝を示したいと思っています。本当はクリスマスこそ妻の手料理を食べたいですが、ご馳走を作るのは大変ですからね」

 彼の気遣いに、香澄はジーンとする。

「……松井さん、本当に奥さん想いですよね。素敵です」

「いいえ。私は良くない夫です。妻がボロボロになって泣いている姿を見て初めて、悔い改めました」

 静かに言って微笑む松井にも、波瀾万丈な人生があったのだろう。

 松井がお茶を飲み終えたので、香澄は気を利かせようとする。

「湯飲み洗いましょうか?」

「いえ。自分の事は自分でします。そろそろ支度をしないと、社長が待たれているんじゃないですか?」

「あ……と」

 時計を見れば十八時十五分で、香澄は「わっ」と声を上げる。

「あっ、ああっ! お、お先です!」

 香澄は慌ててメールチェックし、緊急の案件がないか確認してから、パソコンをシャットダウンした。

「あ、あの。着替えます」

「はい、どうぞ」

 慌てて隣室に入り、カチンと鍵を掛けたあと香澄は着替え始める。

 ロッカーを開けると、パンツとシャツ、カーディガンを脱いでハンガーに掛けて畳む。

 チラッとロッカーを見ると、ワンピースがハンガーに掛かっている。
 それは予め、佑に渡されていた物だ。

(うう……。これ着て退社する姿、見られなきゃいいけど)

 肩から手首までレースになっている赤いレースのワンピースで、とても大人っぽく洗練されたシルエットだ。

 用意されてあるストッキングも、足首にビジューがある。
 パンプスは踵にリボンがついている、ピンクソールのジョルダンだ。

 アクセサリーは白蝶真珠に、香澄の誕生月の石であるトパーズとシトリンがついた三点セット。

 コートは触るだけでうっとりとしてしまう、アイボリーのファーコートだ。

 ストッキングを穿く前に、リフレッシュローションで可能な限り脚のむくみを取る。
 両手にローションをとり、椅子に座って高速で両手を動かし、ふくらはぎをマッサージした。

 そして鏡の前で服を脱ぎ、ストッキングを穿き替える。

〝そういう事〟はナシなのに、ばっちり赤い下着を着けていて、自分で決めたのに少し照れくさい。

(だってクリスマスだし……)

 自分に言い訳しながら着替え、アクセサリーもつける。

 最後はなぜ準備室にあるのか分からないドレッサーで、メイク直しだ。

 メイク直ししたあとに、フィックスミストを顔に吹きかけ、「よし」と頷いた。

 コートを羽織ってから、変なところがないか鏡の前でクルリと回り、もう一度頷いて部屋を出た。





「松井さん、お先に失礼します」

「どうぞ楽しんでください。とてもお綺麗ですよ。施錠などは任せてください」

「ありがとうございます」

 香澄はカツカツとヒールの音を鳴らし、社長室のドアをノックする。

 すると、中から「どうぞ」と佑の声がした。
 社長室に入ると、佑はダークスーツにチェスターコートを羽織ってマフラーを巻いている。

「小金井さんにはもう連絡してある。行こう」

「はい」

 まだ社内なので秘書として返事をし、佑と一緒に社長専用エレベーターに乗り込んだ。
 ゴンドラの中には革張りのソファがあるが、二人とも立ったままだ。

 不意に視線を感じ、香澄は佑を見る。

「……なに……?」

「コートの前、開いて見せてみて」

 彼の言うとおり、香澄はコートのボタンを外すとワンピースを見せる。
 佑は一歩下がり、顎に手をやってしげしげと見てくる。

 なにせこれは佑が香澄のために作ったワンピースだ。

「思っていた以上に似合う。色味も香澄の肌の色に抜群に映えている。襟ぐりの形も鎖骨を引き立てていて最高だな。俺は天才か。シルエットも完璧だ」

 自画自賛を交えつつ、佑は香澄を鑑賞しては褒めちぎる。
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