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第十六部・クリスマス 編

失敗のない人生なんてないんだよ

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「まー、地区によって色々だもんね。学生ならセキュリティバッチリの物件には住めないだろうね。ホストとか頼らなかったの? シェアハウスとかさ」

 クラウスにもっともな事を言われ、美里は苦く笑う。

「いきがってたんです。一人暮らしでもやれるって。ホストファミリーのいる留学なら、親ももっと賛成してくれたと思います。でも私はどうしても一人でやりたくて、強引に押し切ってしまったんです」

「危ない事はなかったの?」

 食事を終えてお茶を飲んだアロイスに聞かれ、美里は頷く。

「ギリギリ何もありませんでした。空き巣は一番のショックでしたし、レイプされたかもしれない危険に遭ったのもショックでした。けど、結果的には何もなく帰国できました。……何か起こる前に、逃げ帰ってしまいました」

 留学した事は誇りではあるが、そのままアメリカに定住できなかった事を恥だと思っていた。
 けれどそれを、クラウスは何でもない事のように言う。

「ならいいじゃん。今こうして、生きて平和に暮らせてる。仕事では流暢な英語で接客できてるし、結果的に留学は成功だったと思うよ」

「……ありがとうございます」

 自分の中では黒歴史で、あの時の自分に会えるなら「そんな無茶をしないで」と説得したい気持ちがある。

 帰国してからしばらくボーッとしていた美里に、家族は優しく接してくれた。
 けれど「ほら見なさい」とも言われたので、チクチクとした思いが残っていたのだ。

 そんな彼女に、クラウスが優しい眼差しで語りかける。

「ねぇ、ミサト。失敗のない人生なんてないんだよ。僕らは一人の女に人生を狂わされて、三十三歳になっても恋を知らない欠陥人間になった。それでも後悔はしてないよ。どうにもならない中、僕らはベストを尽くして生きていた。今は問題は解決して、これからの僕らには自由な未来がある」

 弟の言葉に、アロイスも同意する。

「そうそう。過去ってもう変えられないだろ。思いだして悔やんでもどーにもならないんだよ。幸せになりたい、親を安心させたいって思うなら、これからミサトがどう行動して、どう幸せになるか考えないと」

 双子は、普段佑や香澄に接している時には決して見せない、まじめな面を見せる。
 そんな彼らの言葉に、美里はコクンと頷いた。

「そうですね。命があっただけでも儲けものって思わないと」

「でさ。話は戻るけど、ミサトは今の自分に満足してる?」

 問われて、改めて考えてみる。

「……そこそこ満足しています。お金はあまりないけど、好きな仕事をして、毎日勉強できています。安全に暮らせているし、ささやかな幸せを見つけようと努力しています」

「これからどうなりたい?」

 先ほどと同じ質問をされ、美里は思いきって夢を口にする。

「言うだけタダなら、バーテンダーの修行を続けて大きな大会で優勝したいです。そしていつか独立して、小さくてもいいから自分のお店を持ちたいです」

「ふぅん……」

 双子はニヤリと笑い、チラッと目線を交わし合う。

「あのさ、どーしても日本にいないとダメ?」

「え?」

 いきなりな事を言われ、美里は困惑する。

「俺たちがミサトを、専属バーテンダーとして雇いたい。パトロンになりたいって言ったら嫌?」

「は? …………それは…………。…………単なる囲い込みじゃないですか」

 呆気にとられたまま突っ込んだ言葉に、双子はクスクスと笑う。

「僕ら、欲しいものは欲しいんだ。何が何でも側に置きたい。そのためなら傲慢って思われても構わないんだ」

「はぁ……」

 ここまで我が儘を極められると、いっそすがすがしい。

「……逆に聞きますけど、お二人は私をどうしたいんですか?」

 さっき自分は「言うだけタダ」と言ったが、それは双子も同じだ。

 聞くだけならタダと思い、一応聞いてみる。

 その質問に、クラウスがにっこり笑って答える。

「まずドイツに連れ帰って一緒に暮らしたいかな。ミサトが望むなら、ブルーメンブラットヴィルのバーで修行っていうのもいいんじゃない? 知り合いの店だから安心して預けられるし、僕らもミサトに金を払って酒を飲める。働かないで僕たちに養われるって、気に病むでしょ? 昼間はドイツ語習うといいんじゃない? オーマは日本人だし、きっと優しくしてくれるよ?」

 それにアロイスも続ける。

「要はミサトさえ〝暮らす場所を変える〟って決断してくれれば、俺たちは全力でミサトを大切にできる。親御さんに説明が必要なら、ちゃんとまじめに挨拶をする。もちろんドイツに行ったっきりじゃなくて、出張がある時は一緒にあちこち行こう。各国のバーで研究するのもいいんじゃない? 日本にもちょくちょく来るつもりだしね。札幌に家を買ったんだ。帰った時はそこで一緒に暮らさない? っていうか、ミサト、俺たちの家に住めばいいじゃん。防犯が気になるなら女性の護衛をつけておくしさ」

 一気に言われ、美里は混乱した。
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