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第十六部・クリスマス 編

今はそれでいいや

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「ちょっとあって俺たちがくさくさしてた間にさ、あいつは日本で自分のやりたい事を見つけて楽しそうにしてた。体壊したって時は心配したけど、気が付いたら会社はでかくなってるし、忘れた頃になってカスミみたいな可愛い婚約者を作ってるし」

 香澄、という名前が出て美里は少しうんざりする。

「……私はその香澄さんの身代わりですか? 日本人で似たようなタイプで、抵抗しなさそうだから、二人でオモチャにしようと?」

 ひねくれた言葉をぶつけると、双子が同時に「Falsch違う!」と首を横に振った。

 ドイツ語だったので何を言われたか分からなかったが、言いたい事は分かった。

「確かに、この流れだとそう思われても仕方ないけど。……本当に『いいな』って思ったんだよ」

 クラウスが溜め息混じりに言い、アロイスも付け足す。

「君の目の前で、ガールフレンドと手を切ったじゃないか」

「……あれはあれで、本気だと分かったんですが。会ったのは今回で二回目ですよ? 一目惚れされる容姿をしていない自覚はありますし、惚れさせるような何かをした覚えもありません」

 美里の言葉を聞き、双子は同時に溜め息をつく。

「……イタリア男に慣れていたら、『恋をするのに時間なんて関係ない』って理解してくれると思うのにな」

「私、アメリカには留学しましたが、イタリア人とはあまり関わりがないので」

 言いながら、自分がどんどん可愛くない事を言っていると自覚する。
 アロイスはもう一度溜め息をついたあと、椅子の背もたれに体を預け腕を組んだ。

「俺たちさ、今まで女運がまったくなかった訳」

「え? だって……。沢山ガールフレンドがいたじゃないですか」

 双子は何人ものガールフレンドに電話を掛けていた。
 あれで女運がなかったと言われても、信じがたい。

「彼女たちはただのガールフレンド。それ以上でも以下でもないんだよ。僕らは今まで、誰にも恋をしていなかった。……正直に言えば、きっと今でも恋をする感覚を理解していないと思う」

 クラウスが言った時、色とりどりの器に入れられた旬菜が運ばれた。

 食べながら聞けば、エミリアという嫉妬深い幼馴染みがいて、彼らは恋をしようとしてもできなかったらしい。
 誰かを好きになれば、嫉妬したエミリアによって、相手が酷い目に遭わされたようだ。

 そのエミリアという女性は、絶対的な権力を持つお嬢様で、誰も逆らえなかったという。

 双子は彼女がいる限り恋愛も結婚もできないと諦め、パーティーを開いては複数の女性とふしだらな関係になったらしい。

 食べながら話を聞いていると、高級食材が使われた美味しい料理なのに、暗い気持ちになる。

「でもエミリアは幽閉状態になったし、俺たちは三十三歳だけど、ようやく『これから恋をしてみよう』って思ったんだ」

 アロイスは幸せそうに微笑み、綺麗な箸使いで料理を食べる。

「僕たちのオーマ……祖母が日本人で、お陰で僕らはこうやって日本語を話せる。見ての通り、日本が大好きなんだ。で、日本人の女の子が大好き」

「でも、日本は好きだけど知り合いが大勢いるっていう訳じゃない。俺たちのホームはあくまでヨーロッパやアメリカだからね。タスクがいるからちょいちょいこっちには来るけど、恋ができそうな女の子と出会えるかといえば、機会はとても少ない」

 そう言われ、双子が「カスミ、カスミ」と言っている理由が分かった気がした。

「……それで、私…………なんですか?」

 美里はジュースを飲み、尋ねる。
 アロイスとクラウスは青い目で美里を見て、苦く笑った。

「僕たち、普通の恋が分からないんだ。どうやって出会えば〝普通〟なのか分からない。僕らはプライベートジェットを持ってるし、やろうと思えば普通の交通機関も使うけど、忙しいからドアトゥドアな生活を送ってるんだ。そうしたら、自然と会う人も限られるでしょ? 自分としても普通の男ではない自覚はあるから、何をすれば皆が経験している普通の恋ができるのか分からない。憧れていて、必要な条件があればすべて整えられると思う。……でも、〝そう〟じゃないでしょ?」

「……そうですね。意図的に出会いや状況を作った時点で、それは自然で普通な恋とはいえないと思います」

 困ったように笑う彼らを見て、急に泣いてしまいそうなほどの憐憫を抱いた。

 大金持ちで奔放で、何にも困っていなさそうな二人が、ごく当たり前の感情を知らない可哀想な存在に思えたからだ。

「……私の事も、まだ好きか分からない……ですか?」

 今まで通りツンツンして言ったなら、双子は慌てて取り繕っただろう。
 けれど真剣な表情で尋ねたので、彼らも今までとは様子が違うと察したのかもしれない。

「正直には、『好き』がどういう感情なのか分からない。でも、最初に恋をするならミサトがいいって思ってるよ」

 弱々しく笑うアロイスを見て、美里は溜め息をつきつつ微笑んだ。

「事情は分かりました。『この人たち、絶対本気じゃない』って疑っていた気持ちは、半分当たっていました。でも、思っていたのとは違いました。物知らずな日本人の女を、からかってやろうと思っていたんじゃない。あなた達には、もっと深い理由があった。……それを理解できただけでも良しとします」

 双子と会ってからずっとモヤモヤしていたものが、やっと消えた。

 今後、彼らを好きになるかは分からない。
 彼らが自分に〝恋〟をするのかも分からない。

 けれど、不真面目な感情でないのは分かった。

 今はそれでいいや、と思った。

「じゃあ、僕たちがミサトを好きだっていうの、受け入れてくれる?」

 そろりと尋ねてきたクラウスに、美里は苦笑いする。
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