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第十五部・針山夫婦 編
神様を抱いている
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(ここで意地を張ったら、また喧嘩になる)
喧嘩をしたのは、佑が熱を出した件が初めてだ。
今までは、気まずくなっても佑が折れてくれたし、そのあと香澄が納得できるよう説明してくれた。
でもいつまでも佑の気の長さに甘えていてはいけない。
結婚するなら、自分の〝譲れない部分〟を譲れるようにならなければいけない。
いつまでも独身のつもりで「好きなようにしたい」「自分の我を通したい」と思っていたら、二人で協力して暮らすなどできない。
ローマで、マリアと話して理解したはずだ。
自分の人生の中に他人を入れるという事は、一人で抱えてきたものを信頼する相手にも持ってもらう事だ。
だからとても勇気を出し、恐る恐る尋ねた。
「……じゃあ、家賃、渡さなくても……いい、の?」
とても不安だったため、自信のない声になってしまう。
「全然構わないよ。何があっても俺は香澄を追い出したりしない。手放すつもりもない。……結婚したいと思っている女性なんだから、もっと自分の価値を認めてあげていいんだよ、香澄」
最後に佑は柔らかく笑い、香澄の髪を撫でながら抱き寄せ、キスをしてきた。
「…………っ」
佑の言葉を聞いて、香澄は自分が家賃を払う事で、保険をかけていたのだと気づかされた。
同時に自分がお金で弱い心を守ろうとしていた事に気付き、一気に情けなくなって涙が零れそうになる。
体を強張らせた香澄を、佑は優しく抱き締める。
「香澄の自己肯定感がとても低い理由は、原西のせいだと分かってる。それは香澄のせいじゃない。失敗して傷付かないために、慎重になろうとするよな。分かるよ」
自分では乗り越えたと思っていた健二との過去が、今でも佑との関係に影を落としていた。
「っごめ……」
「いいんだ。俺は絶対に香澄を責めない。ゆっくりでいいよ。俺はこれからも香澄と一緒にいたい。香澄がゆっくり進みたいなら、その歩幅に合わせる」
「……ありが、とう」
メイクをしているのでなるべく泣きたくないのに、頬をツゥッと涙が流れていく。
そんな香澄の頭を、佑はよしよしと撫でてくれた。
「俺も香澄も人間だ。完璧じゃないんだ。だからお互い弱みが分かったら、補い合えるようにしていこう」
「……うん」
――好きだなぁ。
香澄は佑の腕にしがみつき、顔を押しつけようとして――、ハッと「ファンデがつく!」と思いとどまった。
「どうした?」
不思議そうな顔をする佑に、香澄は誤魔化し笑いをする。
「ファンデついちゃう」
「そんなのいいよ。おいで」
軽やかに笑った佑が香澄をギュッと抱き締めてくる。
その力強く頼りがいのある腕に、また涙が零れそうになった。
何度も何度も、佑に救われている。
自分でも「こんな女、面倒臭くて嫌だ」と思うのに、彼は呆れる事なく何度でも向き合って、納得できる答えをくれる。
衣食住、何もかも整えてくれて、この上ない深い愛情までくれる。
だから心底「何をすればお返しができるのだろう?」と悩んでしまう。
「…………っ」
だから、ギュウッと佑を抱き返した。
「……好き」
それしか言えない自分が情けない。
「す」と「き」の中に、自分の心の中で大きくうねった感情をすべて込める。
言葉だけではこの気持ちを表しきれない。
キスをして舐め合って、深く体を繋いでも心だけは分からない。
彼を想うだけで泣いてしまいそうになる感情も伝わらない。
好きで好きで堪らなく、途方もない恩を感じているのに、爪の先ほども伝えられていなくて、悔しくて堪らない。
「好き。……大切なの。……ありがとう」
神様を抱いていると思った。
つたない言葉で感情を表す香澄を佑は抱き締め、背中をさすってくれる。
「全部分かってるよ。知ってる」
包み込むような温かい声に、香澄はもっと涙を零してきつく抱きつく。
一生、この人だけを愛して、大切にしようと思いながら、グスッと洟を啜った。
**
喧嘩をしたのは、佑が熱を出した件が初めてだ。
今までは、気まずくなっても佑が折れてくれたし、そのあと香澄が納得できるよう説明してくれた。
でもいつまでも佑の気の長さに甘えていてはいけない。
結婚するなら、自分の〝譲れない部分〟を譲れるようにならなければいけない。
いつまでも独身のつもりで「好きなようにしたい」「自分の我を通したい」と思っていたら、二人で協力して暮らすなどできない。
ローマで、マリアと話して理解したはずだ。
自分の人生の中に他人を入れるという事は、一人で抱えてきたものを信頼する相手にも持ってもらう事だ。
だからとても勇気を出し、恐る恐る尋ねた。
「……じゃあ、家賃、渡さなくても……いい、の?」
とても不安だったため、自信のない声になってしまう。
「全然構わないよ。何があっても俺は香澄を追い出したりしない。手放すつもりもない。……結婚したいと思っている女性なんだから、もっと自分の価値を認めてあげていいんだよ、香澄」
最後に佑は柔らかく笑い、香澄の髪を撫でながら抱き寄せ、キスをしてきた。
「…………っ」
佑の言葉を聞いて、香澄は自分が家賃を払う事で、保険をかけていたのだと気づかされた。
同時に自分がお金で弱い心を守ろうとしていた事に気付き、一気に情けなくなって涙が零れそうになる。
体を強張らせた香澄を、佑は優しく抱き締める。
「香澄の自己肯定感がとても低い理由は、原西のせいだと分かってる。それは香澄のせいじゃない。失敗して傷付かないために、慎重になろうとするよな。分かるよ」
自分では乗り越えたと思っていた健二との過去が、今でも佑との関係に影を落としていた。
「っごめ……」
「いいんだ。俺は絶対に香澄を責めない。ゆっくりでいいよ。俺はこれからも香澄と一緒にいたい。香澄がゆっくり進みたいなら、その歩幅に合わせる」
「……ありが、とう」
メイクをしているのでなるべく泣きたくないのに、頬をツゥッと涙が流れていく。
そんな香澄の頭を、佑はよしよしと撫でてくれた。
「俺も香澄も人間だ。完璧じゃないんだ。だからお互い弱みが分かったら、補い合えるようにしていこう」
「……うん」
――好きだなぁ。
香澄は佑の腕にしがみつき、顔を押しつけようとして――、ハッと「ファンデがつく!」と思いとどまった。
「どうした?」
不思議そうな顔をする佑に、香澄は誤魔化し笑いをする。
「ファンデついちゃう」
「そんなのいいよ。おいで」
軽やかに笑った佑が香澄をギュッと抱き締めてくる。
その力強く頼りがいのある腕に、また涙が零れそうになった。
何度も何度も、佑に救われている。
自分でも「こんな女、面倒臭くて嫌だ」と思うのに、彼は呆れる事なく何度でも向き合って、納得できる答えをくれる。
衣食住、何もかも整えてくれて、この上ない深い愛情までくれる。
だから心底「何をすればお返しができるのだろう?」と悩んでしまう。
「…………っ」
だから、ギュウッと佑を抱き返した。
「……好き」
それしか言えない自分が情けない。
「す」と「き」の中に、自分の心の中で大きくうねった感情をすべて込める。
言葉だけではこの気持ちを表しきれない。
キスをして舐め合って、深く体を繋いでも心だけは分からない。
彼を想うだけで泣いてしまいそうになる感情も伝わらない。
好きで好きで堪らなく、途方もない恩を感じているのに、爪の先ほども伝えられていなくて、悔しくて堪らない。
「好き。……大切なの。……ありがとう」
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つたない言葉で感情を表す香澄を佑は抱き締め、背中をさすってくれる。
「全部分かってるよ。知ってる」
包み込むような温かい声に、香澄はもっと涙を零してきつく抱きつく。
一生、この人だけを愛して、大切にしようと思いながら、グスッと洟を啜った。
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