938 / 1,544
第十五部・針山夫婦 編
お疲れ様
しおりを挟む
「持つべきものは友……」
呟きながら少しむくんだふくらはぎを揉み、しばしばと目を瞬かせる。
「あ、そうだ。佑さんに家賃渡すの忘れてた。誕生日のお祝いしてもらってたから……。って、言い訳したら駄目だ。滞納になっちゃう。明日お金下ろさないと」
ずっと横になりながら電話をしていたせいか、眠気もMAXになってきた。
「ごめんなさい。先に寝ます……」
佑に謝り、香澄はフェリシアに照明を落としてもらう。
目を閉じて眠るまで、そうかからなかった。
**
「ただいま」
佑が真澄と仕事の話四割、友達としての会話を六割楽しんで帰ったのは、二十三時過ぎだ。
『おかえりなさい。タスクさん』
相変わらず一番にフェリシアが迎えてくれる。
午前零時を過ぎると、フェリシアはナイトモードになって音声機能がつかなくなる。
以前はフェリシアすら迎えない時間に帰っていたので、健康なものだ。
荷物もコートもそのままで、佑はまっすぐ二階に上がる。
主寝室を覗いて誰もいないのを確認し、香澄の部屋まで行って微笑した。
羽根布団がもっこりと盛り上がり、彼女が就寝しているのが分かる。
「疲れたよな。松井さんも荒療治するもんだから」
今朝、松井からのメールにはこうあった。
『赤松さんの復帰は、デスクワークから徐々に慣らすのではなく、初日から重ための仕事について頂き、ショック療法で感覚を取り戻して頂くのがいいと思います』
そう書かれていて少し驚いた。
そこまでしなくても……と思ったが、『いつまでもぬるま湯の環境では赤松さんのためになりません』との事だ。
香澄が仕事をしたいと言うのなら、気持ちを尊重して仕事をさせるべき。
彼女が根を上げたなら、望むように休ませればいい、という主張だ。
オフィスでのデスクワークが簡単と思わないが、外部の人間と触れ合う分、外での仕事のほうが気を遣う。
秘書の仕事は要人を支える重要な仕事であると、松井は己の仕事に誇りを持っている。
それを佑の婚約者だからという理由で、中途半端にさせるのは良くないと思っているのだろう。
やるならやる、やらないならやらない。
『赤松さんが休んでいた事を責めるつもりはありません。ですが復帰したならきちんと働いて頂いたほうがお互いのためです』と言っていた。
佑の婚約者という立場だからこそ、中途半端な立ち位置は良くないとも釘を刺された。
確かに〝仕事〟ならきっちりさせたほうがいい。
そう思って佑は松井の案を呑み、今日一日香澄に同行してもらった。
傍から見て、香澄は精一杯やってくれていたと思う。
途中で「精神的にギリギリそうだな」と感じる事はあったが、休む前に叩き込んだ事を忘れず、きちんと対応できていた。
荷物を置いてマフラーを取り、佑は枕元に跪く。
「お疲れ様」
サラリと前髪を撫で、形のいい額に唇をつける。
「ん……」
そのとき香澄が小さくうめき、佑の手を両手で握ってきた。
布団の中でぬくもっていた小さな手が、外気で少し冷えていた佑の手を温める。
「……たすく、……さん」
もにゃもにゃと寝ぼけながら香澄は両腕を伸ばし、佑の頭を抱き締めてきた。
「ただいま」
「ん……好き……」
返事になっていない言葉に、思わず笑みがこぼれる。
ひとまず着替えないとと離れかけた時、香澄は眉間にしわを寄せて子供のようにぐずりだした。
「……うー……一緒に寝る……」
(やばい。可愛い。抱きたい)
頭の中にシンプルな単語が三つ出てきて、佑は一人悶える。
「おいで」
呼びかけると、香澄はまた両腕を差しだしてきた。
少しかがんで香澄を横抱きにすると、佑は悠々と歩いて自分の寝室まで運ぶ。
「寝る準備をするから、待ってて」
「んー」
羽根布団をめくって香澄を寝かせると、すぐにモソモソとダンゴムシのように丸まってゆく。
(面白いな。猫でも飼ってるみたいだ)
佑はクツクツと笑ってから、着替えてバスルームに向かった。
呟きながら少しむくんだふくらはぎを揉み、しばしばと目を瞬かせる。
「あ、そうだ。佑さんに家賃渡すの忘れてた。誕生日のお祝いしてもらってたから……。って、言い訳したら駄目だ。滞納になっちゃう。明日お金下ろさないと」
ずっと横になりながら電話をしていたせいか、眠気もMAXになってきた。
「ごめんなさい。先に寝ます……」
佑に謝り、香澄はフェリシアに照明を落としてもらう。
目を閉じて眠るまで、そうかからなかった。
**
「ただいま」
佑が真澄と仕事の話四割、友達としての会話を六割楽しんで帰ったのは、二十三時過ぎだ。
『おかえりなさい。タスクさん』
相変わらず一番にフェリシアが迎えてくれる。
午前零時を過ぎると、フェリシアはナイトモードになって音声機能がつかなくなる。
以前はフェリシアすら迎えない時間に帰っていたので、健康なものだ。
荷物もコートもそのままで、佑はまっすぐ二階に上がる。
主寝室を覗いて誰もいないのを確認し、香澄の部屋まで行って微笑した。
羽根布団がもっこりと盛り上がり、彼女が就寝しているのが分かる。
「疲れたよな。松井さんも荒療治するもんだから」
今朝、松井からのメールにはこうあった。
『赤松さんの復帰は、デスクワークから徐々に慣らすのではなく、初日から重ための仕事について頂き、ショック療法で感覚を取り戻して頂くのがいいと思います』
そう書かれていて少し驚いた。
そこまでしなくても……と思ったが、『いつまでもぬるま湯の環境では赤松さんのためになりません』との事だ。
香澄が仕事をしたいと言うのなら、気持ちを尊重して仕事をさせるべき。
彼女が根を上げたなら、望むように休ませればいい、という主張だ。
オフィスでのデスクワークが簡単と思わないが、外部の人間と触れ合う分、外での仕事のほうが気を遣う。
秘書の仕事は要人を支える重要な仕事であると、松井は己の仕事に誇りを持っている。
それを佑の婚約者だからという理由で、中途半端にさせるのは良くないと思っているのだろう。
やるならやる、やらないならやらない。
『赤松さんが休んでいた事を責めるつもりはありません。ですが復帰したならきちんと働いて頂いたほうがお互いのためです』と言っていた。
佑の婚約者という立場だからこそ、中途半端な立ち位置は良くないとも釘を刺された。
確かに〝仕事〟ならきっちりさせたほうがいい。
そう思って佑は松井の案を呑み、今日一日香澄に同行してもらった。
傍から見て、香澄は精一杯やってくれていたと思う。
途中で「精神的にギリギリそうだな」と感じる事はあったが、休む前に叩き込んだ事を忘れず、きちんと対応できていた。
荷物を置いてマフラーを取り、佑は枕元に跪く。
「お疲れ様」
サラリと前髪を撫で、形のいい額に唇をつける。
「ん……」
そのとき香澄が小さくうめき、佑の手を両手で握ってきた。
布団の中でぬくもっていた小さな手が、外気で少し冷えていた佑の手を温める。
「……たすく、……さん」
もにゃもにゃと寝ぼけながら香澄は両腕を伸ばし、佑の頭を抱き締めてきた。
「ただいま」
「ん……好き……」
返事になっていない言葉に、思わず笑みがこぼれる。
ひとまず着替えないとと離れかけた時、香澄は眉間にしわを寄せて子供のようにぐずりだした。
「……うー……一緒に寝る……」
(やばい。可愛い。抱きたい)
頭の中にシンプルな単語が三つ出てきて、佑は一人悶える。
「おいで」
呼びかけると、香澄はまた両腕を差しだしてきた。
少しかがんで香澄を横抱きにすると、佑は悠々と歩いて自分の寝室まで運ぶ。
「寝る準備をするから、待ってて」
「んー」
羽根布団をめくって香澄を寝かせると、すぐにモソモソとダンゴムシのように丸まってゆく。
(面白いな。猫でも飼ってるみたいだ)
佑はクツクツと笑ってから、着替えてバスルームに向かった。
32
お気に入りに追加
2,509
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる