上 下
932 / 1,536
第十五部・針山夫婦 編

帰社

しおりを挟む
「率直に申し上げます。私の秘書への無礼は、私への無礼と取ります。私の秘書へのスカウトや、連絡先を書いた名刺を渡すなどの行為は、二度としないで頂きたい。態度を改めない場合、ハナテレビさんとの仕事はすべて断らせて頂きます」

 佑はいつもと変わらない微笑を浮かべたまま、最後通告をする。

 真っ青になって冷や汗を浮かべた木島は、「申し訳ございませんでしたっ」と勢いよく頭を下げた。

「ですから、謝罪して頂きたいのは私の秘書にです」

 容赦のない言葉を聞き、木島は頭を上げず体の角度を変え、香澄に向かって再度頭を下げる。

「赤松様、先ほどは大変申し訳ございませんでした!」

 周囲の視線が自分に集まるのを感じ、香澄は居たたまれなくなる。

「いえ、ご理解頂けたならそれで十分です。どうか頭を上げてください」

 同意を求めて佑をチラリと見た瞬間、香澄はギクリと体を強張らせた。

 佑はビジネススマイルを浮かべたまま、頭を下げた木島を、虫けらでも見るような目で見下ろしている。
 温度のないその目は、木島が謝罪している姿を見ても、何も感じていないように思えた。

 なのに、香澄の視線に気づくと、その眼差しがフ……と、柔らかくなる。

「お気持ちは理解しました。以後気を付けてください。引き続きオファーを頂ければ、スケジュールを調整してお受けします。今日は今後の予定もありますので、これで失礼致します」

 そして佑は「赤松さん、行こう」と促して歩き始めた。

「は、はい」

 香澄は周りに向かってペコリと会釈をし、小走りに佑を追いかけた。

 スタジオから廊下に出るところで、騒ぎを見に来たのか、先ほどのヘアメイクとすれ違った。
 彼女は佑を未練がましい目で見送ったあと、香澄の事も視線で追い、悔しげに顔を歪めた。

「赤松さん、車は呼んである?」

「地下駐車場で待機してもらっていますので、これから連絡して暖気してもらいます」

 楽屋に戻って佑はメイク落としシートで顔を拭い、ファンデーションなどを簡単に落としてからコートを着る。

 香澄はコートに袖を通しながら、帰社できるのだと思って安堵する。

 廊下を歩きながらエレベーターホールに向かい、小金井に電話をかける。

「では宜しくお願いします」

 小金井との電話を切って頭を下げた香澄に、「はい」と佑が自動販売機で買ったホットコーンポタージュ缶を渡してきた。

「わ! と、ありがとうございます。好きなんです、これ」

 手の中で「あちち」と温まった缶を弄ぶと、佑は「知ってるよ」と微笑んで自分のブラックコーヒーを軽く振る。

 やがてエレベーターがフロアに着き、香澄は手でドアを押さえると「どうぞ」と佑を先に乗せた。
 他に乗る者がいないかチェックしてから、自分もゴンドラに乗り地下のボタンを押す。

 知らずと息をついた香澄は、コートのポケットに入っているコーンスープの温もりに微笑んだ。



**




「戻りました」

 本社の社長秘書室に入ると、松井と河野が「おかえりなさい」と言ってくれた。

「どうでしたか?」

 松井に尋ねられ、香澄は苦笑いをする。

「正直、疲れました。社長にも気を張りすぎだと言われました」

 あはは、と気が抜けたように笑うと、松井も微笑み返してくれる。

「明日からはしばらく本社でのデスクワーク中心で構いませんよ。最初に荒療治で外の仕事をして頂いて、仕事を思いだして頂くつもりだったんです」

「松井さん発案でしたか。てっきり河野さんの腰痛が原因かと思っていたんですが」

「私の腰痛は本当ですよ。これから帰りに整骨院に寄ります」

「あ、そ、そうですか……。それはお大事に」

 ペコリと頭を下げてから、佑に言われた事を思いだす。

「社長はこれから会食でしたっけ」

「そうですね。会食と言いましても真澄様とですので、ご友人との食事のようなものです」

 確かに、真澄は子会社の社長ではあるが、高校生時代からの親友でもある。
 仕事の話という名目で、友人同士の話もしているのだろう。

 佑からは帰社したら先に帰宅するようにと言われていたが、「先に帰ります」と言いにくい。
 けれどそれを見透かしたように、松井に言われた。

「社長から伺っていますので、赤松さんはこのまま車で退社してください」

「えっ? え……と」

 いつのまに佑から松井に連絡がいっていたのか分からず、香澄は面食らう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【女性向けR18】幼なじみにセルフ脱毛で際どい部分に光を当ててもらっています

タチバナ
恋愛
彼氏から布面積の小さな水着をプレゼントされました。 夏になったらその水着でプールか海に行こうと言われています。 まだ春なのでセルフ脱毛を頑張ります! そんな中、脱毛器の眩しいフラッシュを何事かと思った隣の家に住む幼なじみの陽介が、脱毛中のミクの前に登場! なんと陽介は脱毛を手伝ってくれることになりました。 抵抗はあったものの順調に脱毛が進み、今日で脱毛のお手伝いは4回目です! 【作品要素】 ・エロ=⭐︎⭐︎⭐︎ ・恋愛=⭐︎⭐︎⭐︎

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
――鬼の伝承に準えた、血も凍る連続殺人事件の謎を追え。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 巨大な医療センターの設立を機に人口は増加していき、世間からの注目も集まり始めていた。 更なる発展を目指し、電波塔建設の計画が進められていくが、一部の地元住民からは反対の声も上がる。 曰く、満生台には古くより三匹の鬼が住み、悪事を働いた者は祟られるという。 医療センターの闇、三鬼村の伝承、赤い眼の少女。 月面反射通信、電磁波問題、ゼロ磁場。 ストロベリームーン、バイオタイド理論、ルナティック……。 ささやかな箱庭は、少しずつ、けれど確実に壊れていく。 伝承にある満月の日は、もうすぐそこまで迫っていた――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

待つわけないでしょ。新しい婚約者と幸せになります!

風見ゆうみ
恋愛
「1番愛しているのは君だ。だから、今から何が起こっても僕を信じて、僕が迎えに行くのを待っていてくれ」彼は、辺境伯の長女である私、リアラにそうお願いしたあと、パーティー会場に戻るなり「僕、タントス・ミゲルはここにいる、リアラ・フセラブルとの婚約を破棄し、公爵令嬢であるビアンカ・エッジホールとの婚約を宣言する」と叫んだ。 婚約破棄した上に公爵令嬢と婚約? 憤慨した私が婚約破棄を受けて、新しい婚約者を探していると、婚約者を奪った公爵令嬢の元婚約者であるルーザー・クレミナルが私の元へ訪ねてくる。 アグリタ国の第5王子である彼は整った顔立ちだけれど、戦好きで女性嫌い、直属の傭兵部隊を持ち、冷酷な人間だと貴族の中では有名な人物。そんな彼が私との婚約を持ちかけてくる。話してみると、そう悪い人でもなさそうだし、白い結婚を前提に婚約する事にしたのだけど、違うところから待ったがかかり…。 ※暴力表現が多いです。喧嘩が強い令嬢です。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法も存在します。 格闘シーンがお好きでない方、浮気男に過剰に反応される方は読む事をお控え下さい。感想をいただけるのは大変嬉しいのですが、感想欄での感情的な批判、暴言などはご遠慮願います。

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

処理中です...