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第十五部・針山夫婦 編

ごめんなさい、邪魔ですよね、分かっています

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 ヘアメイクはつまらなさそうな顔をし、佑の髪を手早くセットしていった。

(手、速く動くじゃない……)

 香澄は内心突っ込みを入れ、そんな自分を「意地悪だ」と思った。

 やがて佑のヘアメイクが終わり、彼は立ち上がって彼女に礼を言った。

「ありがとうございます」

「いいえ。あの……」

 やっと佑に向き直られ、ヘアメイクの彼女は目に期待の輝きを見せる。

 そしてズボンのポケットに手を差し入れ、邪魔そうに香澄を見た。

(ごめんなさい。邪魔ですよね。分かっています。でも邪魔をします)

 微笑んだまま香澄が待機しているので、女性はしびれを切らしたようだった。

「あの、これ……良かったら」

 そう言ってヘアメイクの女性は、佑の手に強引に連絡先を書いた紙を握らせようとした。

 けれど――。

「お気持ちだけ、受け取っておきます。行こう、赤松さん。台本を確認しないと」

「はい」

 佑はやんわりと紙ごと女性の手を押し返し、香澄にそう促したあと、二度と振り向かなかった。



**



(つ……かれた…………!!)

 やっと楽屋に戻って、香澄は壁に手をつき目を瞑る。

(テレビ局、濃い! 濃すぎる!)

 と、背後に気配を感じたかと思うと、佑が覆い被さるように壁に両手をついた。

「え……っ」

 振り向くと、壁ドンの体勢で佑の腕の中に閉じ込められていた。

「しゃ……ちょう」

 佑は微笑むと、香澄の首元に顔を埋めてスゥッと匂いを嗅いできた。

「えっ!? ……と」

 そのまま佑は何度も香澄の匂いを嗅ぎ、スーハースーハーと深呼吸をしている。

「な……。なに、やってるんですか……」

 呆然とした香澄に尋ねられ、佑はようやく顔を上げた。

「匂いの上書き。あの女性の香水は、どうも合わない。やっぱり香澄の香りが一番好きだ」

「……今日は、別の香りも混ざってますが」

「スイートペアーだろう? 分かるよ。いい香りだ」

 佑は「あぁ……」と吐息混じりに、また香澄の体臭を存分に堪能する。
 おまけにゴソゴソと体をまさぐってくるので、香澄は一気に混乱した。

「ちょ……っ、こ、ここ、テレビ局です」

「誰か来たら護衛が応対するから大丈夫だ」

 彼の言う通り、テレビ局には護衛の四人が同行している。
 今は楽屋の外に待機し、もう一組はスタジオを確認しているはずだ。

 佑は香澄のジャケットの間から手を入れ、ワンピース越しに胸を揉んでくる。

「……困ります」

「いいね。こういうの」

 香澄は壁のほうを向いてなけなしの抵抗をするものの、そんな彼女を後ろから佑が抱き締め、さらに胸を揉んでくる。

「考えようによっては、犯罪めいてるな」

「……満足されたなら離れてください」

「まだ満足してない」

 佑はとぼけた声で返事をし、香澄の首筋に唇をつけてチロリと舌を這わせる。
 胸を揉む手もいやらしい動きになり、どうしたらいいか分からない。

 楽屋なので声を上げてはいけないと思い、香澄は唇を引き結んで荒い呼吸を繰り返す。
 我慢していても佑には香澄が興奮しているのは丸分かりで、クスッと笑われる。

「……社長」

 困り切ってもう一度声を掛けると、佑は最後にまた香澄の匂いを嗅いでから体を離した。

 脱力した香澄は、壁に両手をついて呼吸を整える。

「やばい。この後ろ姿燃える」

 けれど反省した様子のない佑の言葉を聞き、赤面したまま振り向いた。

「あのですね。お仕事中ですよ?」

 じっとりと睨んでも、佑はニコニコして立っているのみだ。

「まったく……。ご多忙な身なんですから、とりあえず座ってお休みください。そしてできるなら、台本にもう一度目を通して頂けますか?」

「分かったよ」

 意地でもムードを作らせない香澄の態度に、佑は肩をすくめてからソファに座った。
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