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第十四部・東京日常 編
テレビの中の彼女
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『今回、あなたに最後の猶予をあげたつもりだった。弱って私のありがたみを感じたなら、元気になるまで待ってあげるつもりだった。でもあなたは倒れても私に弱音を吐かない。頼らない。看病してほしいなんて言わないし、倒れても仕事の話ばかり。じゃあ、私の存在意義って何? ……結局あなたの人生は、仕事と友達と医者だけで足りるのよ。私はあなたの隣を歩けない。あなたみたいな顔とお金だけのクズ、こっちからお断りよ』
吐き捨てた美智瑠は、バッグを掴み踵を返す。
『さようなら。せいぜい仕事を失わないようにね。あなたの顔とお金が好きっていう人なら、恋人になってくれるんじゃない? そんな女、程度が知れるけど』
最後に吐き捨てるように言って、美智瑠は病室から去っていった。
しばらく佑は黙って目の前の空間を見つめ、長く深い息を吐いた。
『……人選ミスだな』
呟いて、リモコンに手を伸ばしてテレビをつけた。
夕方の情報番組では、全国各地のニュースが流れていた。
画面には北海道の雄大な自然と牛たちが映り、小樽発祥のパティスリーが現地の女性リポーターによって紹介されている。
(北海道か……。体調が良くなったら行こうかな)
そんな事を考えていると、テレビにリポーターにマイクを向けられた女子大生が映る。
まっすぐでツヤツヤした黒髪が印象的な色白の女性と、その友人らしいふくよかな体型の女性が、カメラを向けられて照れくさそうに笑っていた。
《美味しいですか?》
《最高です! とろけます! 幸せになれるから皆に食べてほしいです!》
ストレートヘアの女性が満面の笑顔で言い、その子供のような純粋な反応に、佑は思わず噴きだした。
(この子みたいに食いしん坊なら、生きていて楽しいだろうな。こういう子になら、食べさせがいがあるのかも)
美智瑠と一緒にレストランに行っても、彼女はあまり食べる事に執着していないようだった。
痩せ型だったのも、食に重きを置いていないからだろう。
料理教室に通っていたのは、もともと食に興味がなかったため、料理が苦手だったからだ。
彼女が作った物の味を不味いと言いたくはないが、料理教室に通っていたにしては、「美味しい」と即答できる味ではなかった。
そのくせ油でギトギトしているので、本当に佑は食べるのを苦労していたのだ。
食に興味がないと、食事の美味しい、不味いにも鈍感になるのかもしれない。
美智瑠が味見をしていても、佑と同じ味覚を持っていたとはいえない。
結婚相手に一流シェフのような料理の腕は求めないが、自分が作るのと同じぐらいの美味しさは求めたい。
なにより、一緒に食卓を囲んで楽しく食事ができる人がいい。
(そういう意味では、彼女みたいに食いしん坊っぽい人は、一緒にいて楽しそうだな)
テレビの中で屈託なく笑う女性を見て、何となく思った。
《最後に一言、お願いします》
女性リポーターに言われ、ストレートヘアの女性は少し迷ったあとに言う。
《彼氏募集中です~!》
そう言ったあと、彼女は友人と一緒にケラケラと笑った。
あとから思えば、この時佑が見ていたのは小樽に話題のケーキ屋ができたと知って、麻衣と一緒に訪れた香澄だった。
当時の彼女は二十歳。
そして三月のこの頃は、健二にレイプされて身も心もズタズタになり、平気なふりを押し通し、わざと明るく振る舞っていた時期だ。
ケーキを美味しいと言っていたのも、過食や拒食を繰り返していた途中で無理に食べていたのだろう。
当時から一年前の十二月二十五日、佑は札幌駅前で健二を待っていた彼女に声を掛け、タオルハンカチを押しつけられていた。
この時の佑は、札幌駅前の可哀想な少女と、テレビに出ている女性が同一人物だと、まったく気づいていなかった。
雪が降るなか人を待っていた可哀想な子は覚えているし、プレゼントもしまってある。
だが病室でテレビを見ていたその時は、札幌駅前の子はまったく浮かばなかった。
テレビに映っている女子大生を見て、「悩みがなさそうで、楽しそうに食べていていいな」と思った程度だった。
そして香澄と出会って恋に落ちても、二十五歳の時に見たテレビの内容など忘れていた。
努めて思いだそうとした〝今〟、テレビでのんびりとした道産子の女性を見て、微笑ましくなったのを思いだしたのだ。
(テレビでこんなふうに言ったら、『連絡先を教えてほしい』とテレビ局に問い合わせが殺到するだろうな。変なのに捕まらないといいけど)
佑はテレビを見て苦笑いし、彼女の屈託のない笑顔を見るうちに、なぜか涙を零した。
(俺は美智瑠を笑わせられなかった。美味いケーキ屋を調べて、カフェに連れて行く事もしなかった。美智瑠の好きな食べ物も知らない)
自分が今までどれだけのものを失ったか、佑は理解していなかった。
美智瑠への配慮だけではない。
健康的に過ごすための労働時間や睡眠時間、栄養バランスなども頭から抜け落ちていた。
そもそもここ数年、何かを食べて「美味しい」など感じなかった。
吐き捨てた美智瑠は、バッグを掴み踵を返す。
『さようなら。せいぜい仕事を失わないようにね。あなたの顔とお金が好きっていう人なら、恋人になってくれるんじゃない? そんな女、程度が知れるけど』
最後に吐き捨てるように言って、美智瑠は病室から去っていった。
しばらく佑は黙って目の前の空間を見つめ、長く深い息を吐いた。
『……人選ミスだな』
呟いて、リモコンに手を伸ばしてテレビをつけた。
夕方の情報番組では、全国各地のニュースが流れていた。
画面には北海道の雄大な自然と牛たちが映り、小樽発祥のパティスリーが現地の女性リポーターによって紹介されている。
(北海道か……。体調が良くなったら行こうかな)
そんな事を考えていると、テレビにリポーターにマイクを向けられた女子大生が映る。
まっすぐでツヤツヤした黒髪が印象的な色白の女性と、その友人らしいふくよかな体型の女性が、カメラを向けられて照れくさそうに笑っていた。
《美味しいですか?》
《最高です! とろけます! 幸せになれるから皆に食べてほしいです!》
ストレートヘアの女性が満面の笑顔で言い、その子供のような純粋な反応に、佑は思わず噴きだした。
(この子みたいに食いしん坊なら、生きていて楽しいだろうな。こういう子になら、食べさせがいがあるのかも)
美智瑠と一緒にレストランに行っても、彼女はあまり食べる事に執着していないようだった。
痩せ型だったのも、食に重きを置いていないからだろう。
料理教室に通っていたのは、もともと食に興味がなかったため、料理が苦手だったからだ。
彼女が作った物の味を不味いと言いたくはないが、料理教室に通っていたにしては、「美味しい」と即答できる味ではなかった。
そのくせ油でギトギトしているので、本当に佑は食べるのを苦労していたのだ。
食に興味がないと、食事の美味しい、不味いにも鈍感になるのかもしれない。
美智瑠が味見をしていても、佑と同じ味覚を持っていたとはいえない。
結婚相手に一流シェフのような料理の腕は求めないが、自分が作るのと同じぐらいの美味しさは求めたい。
なにより、一緒に食卓を囲んで楽しく食事ができる人がいい。
(そういう意味では、彼女みたいに食いしん坊っぽい人は、一緒にいて楽しそうだな)
テレビの中で屈託なく笑う女性を見て、何となく思った。
《最後に一言、お願いします》
女性リポーターに言われ、ストレートヘアの女性は少し迷ったあとに言う。
《彼氏募集中です~!》
そう言ったあと、彼女は友人と一緒にケラケラと笑った。
あとから思えば、この時佑が見ていたのは小樽に話題のケーキ屋ができたと知って、麻衣と一緒に訪れた香澄だった。
当時の彼女は二十歳。
そして三月のこの頃は、健二にレイプされて身も心もズタズタになり、平気なふりを押し通し、わざと明るく振る舞っていた時期だ。
ケーキを美味しいと言っていたのも、過食や拒食を繰り返していた途中で無理に食べていたのだろう。
当時から一年前の十二月二十五日、佑は札幌駅前で健二を待っていた彼女に声を掛け、タオルハンカチを押しつけられていた。
この時の佑は、札幌駅前の可哀想な少女と、テレビに出ている女性が同一人物だと、まったく気づいていなかった。
雪が降るなか人を待っていた可哀想な子は覚えているし、プレゼントもしまってある。
だが病室でテレビを見ていたその時は、札幌駅前の子はまったく浮かばなかった。
テレビに映っている女子大生を見て、「悩みがなさそうで、楽しそうに食べていていいな」と思った程度だった。
そして香澄と出会って恋に落ちても、二十五歳の時に見たテレビの内容など忘れていた。
努めて思いだそうとした〝今〟、テレビでのんびりとした道産子の女性を見て、微笑ましくなったのを思いだしたのだ。
(テレビでこんなふうに言ったら、『連絡先を教えてほしい』とテレビ局に問い合わせが殺到するだろうな。変なのに捕まらないといいけど)
佑はテレビを見て苦笑いし、彼女の屈託のない笑顔を見るうちに、なぜか涙を零した。
(俺は美智瑠を笑わせられなかった。美味いケーキ屋を調べて、カフェに連れて行く事もしなかった。美智瑠の好きな食べ物も知らない)
自分が今までどれだけのものを失ったか、佑は理解していなかった。
美智瑠への配慮だけではない。
健康的に過ごすための労働時間や睡眠時間、栄養バランスなども頭から抜け落ちていた。
そもそもここ数年、何かを食べて「美味しい」など感じなかった。
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(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
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✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
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○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
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(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
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