上 下
906 / 1,544
第十四部・東京日常 編

テレビの中の彼女

しおりを挟む
『今回、あなたに最後の猶予をあげたつもりだった。弱って私のありがたみを感じたなら、元気になるまで待ってあげるつもりだった。でもあなたは倒れても私に弱音を吐かない。頼らない。看病してほしいなんて言わないし、倒れても仕事の話ばかり。じゃあ、私の存在意義って何? ……結局あなたの人生は、仕事と友達と医者だけで足りるのよ。私はあなたの隣を歩けない。あなたみたいな顔とお金だけのクズ、こっちからお断りよ』

 吐き捨てた美智瑠は、バッグを掴み踵を返す。

『さようなら。せいぜい仕事を失わないようにね。あなたの顔とお金が好きっていう人なら、恋人になってくれるんじゃない? そんな女、程度が知れるけど』

 最後に吐き捨てるように言って、美智瑠は病室から去っていった。

 しばらく佑は黙って目の前の空間を見つめ、長く深い息を吐いた。

『……人選ミスだな』

 呟いて、リモコンに手を伸ばしてテレビをつけた。

 夕方の情報番組では、全国各地のニュースが流れていた。
 画面には北海道の雄大な自然と牛たちが映り、小樽発祥のパティスリーが現地の女性リポーターによって紹介されている。

(北海道か……。体調が良くなったら行こうかな)

 そんな事を考えていると、テレビにリポーターにマイクを向けられた女子大生が映る。

 まっすぐでツヤツヤした黒髪が印象的な色白の女性と、その友人らしいふくよかな体型の女性が、カメラを向けられて照れくさそうに笑っていた。

《美味しいですか?》

《最高です! とろけます! 幸せになれるから皆に食べてほしいです!》

 ストレートヘアの女性が満面の笑顔で言い、その子供のような純粋な反応に、佑は思わず噴きだした。

(この子みたいに食いしん坊なら、生きていて楽しいだろうな。こういう子になら、食べさせがいがあるのかも)

 美智瑠と一緒にレストランに行っても、彼女はあまり食べる事に執着していないようだった。
 痩せ型だったのも、食に重きを置いていないからだろう。

 料理教室に通っていたのは、もともと食に興味がなかったため、料理が苦手だったからだ。

 彼女が作った物の味を不味いと言いたくはないが、料理教室に通っていたにしては、「美味しい」と即答できる味ではなかった。
 そのくせ油でギトギトしているので、本当に佑は食べるのを苦労していたのだ。

 食に興味がないと、食事の美味しい、不味いにも鈍感になるのかもしれない。

 美智瑠が味見をしていても、佑と同じ味覚を持っていたとはいえない。

 結婚相手に一流シェフのような料理の腕は求めないが、自分が作るのと同じぐらいの美味しさは求めたい。
 なにより、一緒に食卓を囲んで楽しく食事ができる人がいい。

(そういう意味では、彼女みたいに食いしん坊っぽい人は、一緒にいて楽しそうだな)

 テレビの中で屈託なく笑う女性を見て、何となく思った。

《最後に一言、お願いします》

 女性リポーターに言われ、ストレートヘアの女性は少し迷ったあとに言う。

《彼氏募集中です~!》

 そう言ったあと、彼女は友人と一緒にケラケラと笑った。





 あとから思えば、この時佑が見ていたのは小樽に話題のケーキ屋ができたと知って、麻衣と一緒に訪れた香澄だった。

 当時の彼女は二十歳。

 そして三月のこの頃は、健二にレイプされて身も心もズタズタになり、平気なふりを押し通し、わざと明るく振る舞っていた時期だ。

 ケーキを美味しいと言っていたのも、過食や拒食を繰り返していた途中で無理に食べていたのだろう。

 当時から一年前の十二月二十五日、佑は札幌駅前で健二を待っていた彼女に声を掛け、タオルハンカチを押しつけられていた。

 この時の佑は、札幌駅前の可哀想な少女と、テレビに出ている女性が同一人物だと、まったく気づいていなかった。

 雪が降るなか人を待っていた可哀想な子は覚えているし、プレゼントもしまってある。

 だが病室でテレビを見ていたその時は、札幌駅前の子はまったく浮かばなかった。
 テレビに映っている女子大生を見て、「悩みがなさそうで、楽しそうに食べていていいな」と思った程度だった。

 そして香澄と出会って恋に落ちても、二十五歳の時に見たテレビの内容など忘れていた。

 努めて思いだそうとした〝今〟、テレビでのんびりとした道産子の女性を見て、微笑ましくなったのを思いだしたのだ。





(テレビでこんなふうに言ったら、『連絡先を教えてほしい』とテレビ局に問い合わせが殺到するだろうな。変なのに捕まらないといいけど)

 佑はテレビを見て苦笑いし、彼女の屈託のない笑顔を見るうちに、なぜか涙を零した。

(俺は美智瑠を笑わせられなかった。美味いケーキ屋を調べて、カフェに連れて行く事もしなかった。美智瑠の好きな食べ物も知らない)

 自分が今までどれだけのものを失ったか、佑は理解していなかった。

 美智瑠への配慮だけではない。

 健康的に過ごすための労働時間や睡眠時間、栄養バランスなども頭から抜け落ちていた。

 そもそもここ数年、何かを食べて「美味しい」など感じなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

処理中です...