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第十四部・東京日常 編

味わった屈辱

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『クリスマス、駄目になってごめんな』

 十二月三十日、ベッドの上の佑は、お見舞いに来てくれた美智瑠に力なく微笑む。

『ううん、佑が無事ならそれでいいよ』

 病室の引き出しには婚約指輪が入ったままだが、こんな情けない状態でプロポーズできない。

 早く退院して、挽回できるシチュエーションでプロポーズし直せたらと思っていた。

 だが予想外に佑の入院は長引いた。

 血液検査の数値が思わしくなく、一月に入ってから半ば強引に退院しても、すぐ倒れてしまった。

 美智瑠が毎日のように通ってくれていたのは、一月の下旬ぐらいまでだったと思う。

 バレンタインに彼女がチョコレートをくれても、仕事に復帰できない佑は苛立ち混じりに「今は食べられない」と言ってしまった。

 八つ当たりしたと自覚しても、後の祭りだ。

 しかし佑は現場に復帰できず、病室で仕事をする事も禁じられていて、気がおかしくなりそうだった。

 その上、美智瑠が毎日のように来て、気遣わしげな目で見てくる。

 さらに今日の職場はこうだったと報告されるたびに、つらくて堪らなくなる。

 優しくしてあげたくても、普通に仕事に行けている彼女が羨ましくて堪らない。

 職場の話だって、知りたい気持ちと、知りたくない気持ちとでグチャグチャだ。

 苛ついている自分を見せたくない自己嫌悪もあるし、彼女に気を遣わせるのも嫌だった。

 今まで女性のために「格好よくありたい」と思った事はなかった。
 何をしても「格好いい」と言われるので、格好付ける必要もなかったし、そういう概念に疲れていたのもある。

 だが美智瑠は心から愛しているとまで言えなくても、結婚しようと思った女性だ。
 彼女の前では〝頼りがいのある男〟でいたかった。

 なのに体調不良は、佑から余裕まで奪っていった。

 情けなさと自己嫌悪にまみれる佑は、美智瑠がお見舞いに来ても、素直に接する事ができなかった。

 常にねじれた気持ちで話し、卑屈な物言いをしてしまう。

 自由に仕事ができる彼女に、「良かったな」と嫌みっぽく言ってしまった事もある。

 二人の関係は徐々にぎこちなくなり、噛み合わなくなった場所がどんどんズレていく。

 美智瑠は形だけお見舞いに来て、病室でスマホを弄っては口数少なく過ごす事が多くなった。

 かと思えば、わざとらしく営業部の若手の話をしたり、副社長の本城と一緒に取引先と会食をした話や、取引先の独身社長がどんなに素敵だったかを話した。

 屈辱的だった。

『入院しっぱなしでろくに働けないあなたなんて、価値がないのよ』と言われている気がした。

 そのうち佑は『忙しいなら無理して来なくていい』と言うようになり、美智瑠の足は遠のいていった。



**




 ある日、真澄がお見舞いに来て、言いづらそうに口を開いた。

『朝丘、他社から引き抜きの話があるみたいだ。仕事ができるのもそうだけど、…………その』

『なんだ、言ってくれ』

 強引に退院して再度倒れた直後の佑の腕には、まだ点滴の針が刺さったままだ。

 この頃の佑は、自暴自棄な荒れた雰囲気を放っていた。

『……引き抜き先の専務と、デートしているのを見てしまった。食事する程度ならまだいいが、そのままホテルの部屋に向かった。……ちょうど俺、人と会っていて同じレストランにいたんだ』

 真澄の言葉を聞いても、佑は動じなかった。

 学生時代から、女性には何度も裏切られている。

 付き合ったと思っても、相手が心の底から愛してくれる事はなかった。

 周りも同じだ。

《御劔くんと付き合ってると、ステータスになる》

《子供が生まれたら美形になりそう》

《ドイツに連れてって。お祖父ちゃんがお金持ちだし、タダで行けないの?》

《クラウザーの高級車、タダで乗れるんでしょ?》

《イケメン外国人紹介して》

 皆、佑に付随している〝何か〟しか見ていない。

 大学時代には女性にラブホテルに連れ込まれ、いきなりフェラチオをされた。

 恐怖を覚えて逃げたが、彼女は意趣返しのつもりなのか、佑の男性器のサイズをあちこちで吹聴した。
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