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第十四部・東京日常 編
美智瑠からの告白
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当時、白金台の豪邸は建設途中で、佑は目黒駅に近いマンションを借りていた。
だから品川近くにあるオフィスから、目黒まで帰る際、恵比寿に住んでいた美智瑠を駅まで送る流れになっていた。
その時、佑は二十四歳で美智瑠は二十二歳だ。
仕事と先の事ばかり見る佑を、新卒の美智瑠は憧れの籠もった目で見つめていた。
だが佑は女性に熱の籠もった目で見られるのは慣れていて、特に何も反応していなかった。
美智瑠は秘書のようにあれこれ世話を焼いてくれたし、「ありがたいな」と感謝していた。
佑が遅くまで残って仕事をする時、彼女まで残って付き合ってくれていた。
それに彼女は一度も佑の外見を褒めた事はなかった。
学生時代の同級生や先輩後輩は、彼を「格好いい、イケメン」と褒めそやした。
現在は女性社員や取引先の女性から、意味深な目を向けられる。
そんな中、一番側にいる美智瑠だけは佑の外見をべた褒めしなかった。
だから美智瑠の側にいて、安心感を得ていたのは否めない。
彼女を送って歩いている今も、コンビニおにぎりの何の具が好きかという、たわいのない話をしていた。
『佑さん』
『ん?』
突然彼女が立ち止まり、改まった様子で呼びかけてきたので、佑も立ち止まった。
季節は十一月で、街中はクリスマス一色になっていた。
百六十センチメートル少しの彼女は、ピンクブラウンにカラーリングされた、緩くパーマの掛かった髪を少し弄る。
美智瑠は目が大きくて色白で清潔感があり、女性アナウンサーのような雰囲気がある。
歩いていてもよくナンパやスカウトをされるらしく、それが煩わしいと悩んでいた。
だから買い物をする時などは、男避けのために一緒に歩く事もあった。
『どうした?』
なかなか続きを話さない美智瑠に、佑は屈んで目線を合わせる。
会話する時に美智瑠がいつも自分を見上げているのに気づいてからは、努めて目線を合わせるようにしていた。
そういう行動が周りから「優しい」と言われ、期待される由縁になるのだが。
『あの……』
赤面した美智瑠はしばらく言葉を迷わせていたが、佑の手を両手で握ってきた。
『好きです!』
今にも泣きそうな顔で、美智瑠はまっすぐな気持ちをぶつけてくる。
その唇は引き結ばれ、潤んだ目からは今にも涙が零れてしまいそうだった。
『……お願いです。側にいたいんです。あなたの夢も、仕事も、ずっと支えていきたいんです』
彼女は温厚で物腰柔らかで、人に強く何かを求める人ではない。
だが今は、これだけは譲れないというように、佑の手をギュッと握って縋るように見つめtえきた。
四月から七か月少し、美智瑠と一緒にいて「心地いいな」とは思っていた。
彼女と接して不快に思う事は何一つない。
それなら、うまくやれるのでは……と思った。
『……俺は、何があっても仕事を優先すると思う。今の俺は、恋に溺れる余裕はない』
『分かっています。私を優先してほしいなんて思いません。私は夢を追う佑さんだからこそ、恋をしたんです』
その時の美智瑠は、了承した上で付き合っていくうちに自分に夢中にさせてみせるとを思っていたのだろう。
だが佑は言葉以上のものを確認していなかった。
学生時代から色恋から遠ざかり、祖父のような世界に名を轟かせる男になると思い続けていた佑は、恋愛の駆け引きや女性の気持ちに疎かった。
それがあとあと、美智瑠の本当の望みと、佑が把握している彼女の立ち位置とでズレができ、二人の間の溝が深まっていく。
けれど今の佑は知るよしもなかったし、彼を落とすつもりでいた美智瑠だって、自分たちが別れる事になるとは想像していなかっただろう。
当時の佑は、本当は恋をするつもりはなかったし、同じ会社の人と付き合うなら面倒な事になるのでは……と、少し不安に思っていた。
だが学生時代から、ずっと彼女を作らずに過ごしていた。
社会人になった今でも、自分を満たすのは仕事だけ……というのは、さすがに寂しいとは感じていた。
だから、面倒な事にならなさそうな彼女となら……、と思ったのだ。
『今の付き合いの延長みたいになるかもしれないけど、それでいいなら』
『……っ、ありがとうございます!』
真っ赤になった美智瑠は、歓喜の涙を流し両腕で自分を抱き締め悶える。
そこまで慕われるとやはり嬉しく、佑は小さく笑って彼女をそっと抱き寄せた。
遠慮がちに抱き返してくる美智瑠の背中を、佑はポンポンと叩く。
それでもこれだけは、と釘を刺した。
『鋭い人なら、付き合っていると察するかもしれない。付き合っている事を隠すつもりはないけど、職場でイチャイチャするつもりはない。他の社員への示しがつかないからだ。職場とプライベートのオンオフはハッキリさせよう』
『はい。皆さんの雰囲気を壊すような真似は決してしません』
『……じゃあ、宜しく頼む』
『はい!』
彼女ができたと思ったその時は、幸せな交際が始まるのだと思っていた。
だから品川近くにあるオフィスから、目黒まで帰る際、恵比寿に住んでいた美智瑠を駅まで送る流れになっていた。
その時、佑は二十四歳で美智瑠は二十二歳だ。
仕事と先の事ばかり見る佑を、新卒の美智瑠は憧れの籠もった目で見つめていた。
だが佑は女性に熱の籠もった目で見られるのは慣れていて、特に何も反応していなかった。
美智瑠は秘書のようにあれこれ世話を焼いてくれたし、「ありがたいな」と感謝していた。
佑が遅くまで残って仕事をする時、彼女まで残って付き合ってくれていた。
それに彼女は一度も佑の外見を褒めた事はなかった。
学生時代の同級生や先輩後輩は、彼を「格好いい、イケメン」と褒めそやした。
現在は女性社員や取引先の女性から、意味深な目を向けられる。
そんな中、一番側にいる美智瑠だけは佑の外見をべた褒めしなかった。
だから美智瑠の側にいて、安心感を得ていたのは否めない。
彼女を送って歩いている今も、コンビニおにぎりの何の具が好きかという、たわいのない話をしていた。
『佑さん』
『ん?』
突然彼女が立ち止まり、改まった様子で呼びかけてきたので、佑も立ち止まった。
季節は十一月で、街中はクリスマス一色になっていた。
百六十センチメートル少しの彼女は、ピンクブラウンにカラーリングされた、緩くパーマの掛かった髪を少し弄る。
美智瑠は目が大きくて色白で清潔感があり、女性アナウンサーのような雰囲気がある。
歩いていてもよくナンパやスカウトをされるらしく、それが煩わしいと悩んでいた。
だから買い物をする時などは、男避けのために一緒に歩く事もあった。
『どうした?』
なかなか続きを話さない美智瑠に、佑は屈んで目線を合わせる。
会話する時に美智瑠がいつも自分を見上げているのに気づいてからは、努めて目線を合わせるようにしていた。
そういう行動が周りから「優しい」と言われ、期待される由縁になるのだが。
『あの……』
赤面した美智瑠はしばらく言葉を迷わせていたが、佑の手を両手で握ってきた。
『好きです!』
今にも泣きそうな顔で、美智瑠はまっすぐな気持ちをぶつけてくる。
その唇は引き結ばれ、潤んだ目からは今にも涙が零れてしまいそうだった。
『……お願いです。側にいたいんです。あなたの夢も、仕事も、ずっと支えていきたいんです』
彼女は温厚で物腰柔らかで、人に強く何かを求める人ではない。
だが今は、これだけは譲れないというように、佑の手をギュッと握って縋るように見つめtえきた。
四月から七か月少し、美智瑠と一緒にいて「心地いいな」とは思っていた。
彼女と接して不快に思う事は何一つない。
それなら、うまくやれるのでは……と思った。
『……俺は、何があっても仕事を優先すると思う。今の俺は、恋に溺れる余裕はない』
『分かっています。私を優先してほしいなんて思いません。私は夢を追う佑さんだからこそ、恋をしたんです』
その時の美智瑠は、了承した上で付き合っていくうちに自分に夢中にさせてみせるとを思っていたのだろう。
だが佑は言葉以上のものを確認していなかった。
学生時代から色恋から遠ざかり、祖父のような世界に名を轟かせる男になると思い続けていた佑は、恋愛の駆け引きや女性の気持ちに疎かった。
それがあとあと、美智瑠の本当の望みと、佑が把握している彼女の立ち位置とでズレができ、二人の間の溝が深まっていく。
けれど今の佑は知るよしもなかったし、彼を落とすつもりでいた美智瑠だって、自分たちが別れる事になるとは想像していなかっただろう。
当時の佑は、本当は恋をするつもりはなかったし、同じ会社の人と付き合うなら面倒な事になるのでは……と、少し不安に思っていた。
だが学生時代から、ずっと彼女を作らずに過ごしていた。
社会人になった今でも、自分を満たすのは仕事だけ……というのは、さすがに寂しいとは感じていた。
だから、面倒な事にならなさそうな彼女となら……、と思ったのだ。
『今の付き合いの延長みたいになるかもしれないけど、それでいいなら』
『……っ、ありがとうございます!』
真っ赤になった美智瑠は、歓喜の涙を流し両腕で自分を抱き締め悶える。
そこまで慕われるとやはり嬉しく、佑は小さく笑って彼女をそっと抱き寄せた。
遠慮がちに抱き返してくる美智瑠の背中を、佑はポンポンと叩く。
それでもこれだけは、と釘を刺した。
『鋭い人なら、付き合っていると察するかもしれない。付き合っている事を隠すつもりはないけど、職場でイチャイチャするつもりはない。他の社員への示しがつかないからだ。職場とプライベートのオンオフはハッキリさせよう』
『はい。皆さんの雰囲気を壊すような真似は決してしません』
『……じゃあ、宜しく頼む』
『はい!』
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