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第十四部・東京日常 編

私なんて、いなくたって同じじゃない

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 睡眠時間を一時間増やすのを勿体なく思い、それなら年に一、二回熱を出すほうがマシだと思うほどの仕事中毒だった。





 なので今回も、我流で熱を下げようとしただけだ。

 体力はあるので、多少熱を出してもフラフラにはならない。

 少し我慢して体を動かし、たっぷり汗を掻いて強引に熱を下げる。

 二十六歳以降、佑はずっとそうやって過ごしてきた。

 心配する彼女がいなかったので、荒療治で熱を下げても誰かに怒られなかった経験が、今香澄との間に溝を生んでしまっていた。

 だからをした佑は、香澄がなぜ怒っているのか理解できないでいる。

(高村先生を呼んでくれたのに、勝手な事をしたから怒ってるのかな)

 考えながら、佑はシャワーを浴び、汗を流したあとにサウナに入った。

 熱された石に水を掛けると、みるみるサウナ室が蒸気で包まれる。
 独特の匂いを吸い、大きな溜め息をつく。

 すぐ香澄を追いかけるべきなのは分かっている。

 だが一旦考えを整理するためにサウナに入った。

(優先順位を変えないと。熱を下げるより、香澄と仲直りするべきだ。そうしないと、また同じ過ちを繰り返す)

 吸水性の高いタオルで顔の汗を拭き、ギュッと搾ると水滴が滴る。

(失敗しないように気を付けないと。俺には香澄しかいないんだから)

 溜め息をついた佑は、砂時計に手を伸ばした。



**




 部屋に戻った香澄は、迷った挙げ句、やはりお粥を頼んでおいた。

〝可愛くない香澄〟は「あんなに元気だったんだから、普通のご飯でもペロッと食べられるんじゃないの?」とツンとしている。

 それでも秘書として佑を支えたいと望み、婚約者として心配している香澄が、彼を心配すると決めた。

 香澄は顔を洗う元気もなく、しょんぼりしてリビングのソファに寝転がっていた。

 どれぐらいそうしていたのか、ドアロックが解除される音がし、佑が戻ってきた。
 のそりと起き上がると、運動着から着替えた佑がこちらにやってくる。

「……終わった?」

「終わったよ。待たせてごめん」

 佑は荷物を置き、香澄の隣に座る。

「話ってなんだ? 怒らせたならごめん」

 謝られ、もっと情けない気持ちに駆られた。

 自分は感情に振り回されているのに、佑はまず謝ってくれた。
 その対応一つで、自分より彼のほうがずっと大人なのだと思い知らされた。

 自分さえ落ち着けば、きちんと話し合いができる。

 分かっているのに何から言えばいいのか分からず、香澄は黙ったまま唇を噛んだ。

 落ち着いた彼を前にしたからこそ、自分が我が儘を言っているように思える。

 そう思うと、自分が怒った理由が幼稚な感情に思えて、説明するのが恥ずかしくなった。

「香澄? 何でもいいから言ってくれ」

 だがそう言われ、香澄は纏まっていない心の内を吐露していく。

「……私、とても心配したの。四十度近い熱なんて、私なら数年に一度しか出さない。だからとっても驚いて心配したの」

「……うん」

「佑さんが多忙なのは分かっているし、一日休むだけでどれだけの人が困るかも理解してる。だから早く良くなるように、一生懸命看病した。……つもりだったの。寝ないで見守っているつもりだったのに、ちょっと寝ちゃったのは反省してるけど」

「心配してくれてありがとう。同じ部屋にいてくれて、心強かったよ。感謝してる」

 佑は優しく微笑み、手を握ってこようとする。

 いつものように振る舞うからこそ、我慢できなかった。

「っじゃあ! どうして私が心配してるって分かってるのに、熱があるままジムに行って体を動かしたの? 私がもっと心配するって思わなかったの?」

 叩きつけるように言われ、佑は瞠目した。

「『看病してあげたのに』って、恩着せがましく言いたいんじゃないの。佑さんの事が好きだから、心配するし当然看病する。……っでも、佑さんは私の心配を無視した。……そう思ってなくても、私はそれぐらいショックだったの」

 言いながらどんどん情けなくなり、香澄はボロボロと涙を零す。

「看病しなくても、『自己流で治せるから心配ない』って言いたいのは分かるよ? でもそれなら、私なんていなくたって同じじゃない。私が心配しなくても、佑さんは一人で大丈夫じゃない……!」

 香澄の声が涙で歪む。

 言ったあと、香澄は「うーっ……」とうなりながら拳で涙を拭った。

 佑はしばし呆然として言葉を失っていた。

 やがて、おずおずと香澄の肩に手を置く。
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