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第十四部・東京日常 編

風邪の予兆

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「えっと……。お、お座り」

「あのなぁ」

 佑はプハッと噴きだし、「分かった、もうしないよ」と香澄を抱き寄せた。

「今夜、一緒に寝るとうつしてしまうかな」

 佑が珍しく不安げに言ったので、香澄も心配になってしまう。

「頭痛い? お腹は?」

「少し頭痛がするぐらいかな」

「お風呂から出たら、フロントに風邪薬と保冷剤、体温計を頼もうか」

「いや、いいよ。風邪薬は医者に処方されてるのを持ち歩いてる」

「期限は大丈夫?」

「定期的に出してもらってるから、大丈夫だと思う。こういう薬の飲み方は本当は良くないけど、体調を崩したからといって、すぐ病院に行ける訳じゃないから。万が一のため、鎮痛剤、解熱剤、その他ワンセットを持っている」

「解熱剤、お尻に入れるやつ?」

 香澄の言葉を聞いて、佑は「ぶふっ」と噴いた。

「飲むやつだよ。そんな知識、どこから出てきたんだ。昔、高熱を出した事があった?」

 半ば呆れて言う佑に、香澄は説明する。

「前に麻衣と一緒に旅行にベトナム行った時、前日に熱をだしちゃったの。で、空港の医務室で、お尻にぶちゅっと解熱剤きめてもらって、それでなんとか離陸できて……」

「駄目なやつだろ、それ」

 佑に真顔で突っ込まれ、香澄は「えへへ……」と誤魔化し笑いをする。

「というか、座薬入れた看護師は女性だろうな?」

「当たり前だよ。っていうか、佑さんと会う前だし。ノーカンです」

 べ、と小さく舌を出した香澄を見て、佑は「悪いうさぎだな」と言いつつキスをしてこようとしたが――。

「……と」

 唇が触れる直前で止まり、顔を引く。

「……香澄にうつったら困るし、キスも駄目だな」

「う……うん」

 顔を見合わせ、どちらからともなく溜め息を漏らす。

「……取り引き先の方を悪く言うつもりはないけど、たまにお話に熱中して、口から色々出ちゃう方もいらっしゃるもんね」

「んー……そうだな。応接室もレストランの個室も、ある程度距離が空いてるはずなんだけどな。……まぁ、仕方ない」

「家に帰ったら、生姜の入った卵とじのおうどんを作ってあげる。あと、ネギをトロトロに煮たコンソメスープとか。温まるよ」

「ん、ありがとう。楽しみにしてる」

 いちゃいちゃはお開きになり、そのあと何もせずバスルームを出た。





「おやすみなさい」

「おやすみ」

 寝る間際になって少し揉め、結局香澄がマスターベッドルームで寝る事になった。
 佑はセカンドベッドルームで寝るらしい。

 とはいえ、セカンドでも立派なベッドがあるのは変わりないのだが。

 けれどホテルに泊まるのに、二人が別々の部屋で眠ると思うと妙な気分になる。
 二人は名残惜しそうに指を絡め、見つめ合ってから指を離す。

 佑がマスターベッドルームを出たあと、香澄は溜め息をついて照明を落とした。

(体調、悪くならなきゃいいけど。週末の内にうまく治ったらいいな……)

〝社長〟の体調が心配になった香澄は、窓の外に見えるビルの最上部を見て、また溜め息をついた。



**



(……あれ?)

 目を覚ますと、まだ夜中だ。
 佑の事が心配で、珍しく目が覚めてしまったらしい。

 モソモソとキングサイズベッドから下りると、自分に言い訳をする。

(ちょっと様子を見るだけ)

 そう思い、香澄は一度手洗いに寄ってからキッチンで水を飲む。
 それから足音を忍ばせて、セカンドベッドルームに向かった。

 佑が寝ている寝室までくると、羽毛布団は佑の形に膨らんでいて、彼が眠っているのが分かる。

(寝顔を見てから、また寝よう)

 香澄は足音を忍ばせ、佑の顔を覗き込んだ。

(……ん?)

 けれど「……ふぅ、……ふぅ」と荒い呼吸を耳にし、ザワリと胸騒ぎがした。
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