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第十四部・東京日常 編

基本いい人なんだよなぁ

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『そりゃ驚くわよね。……というか重たくて逃げたくならない?』

「お、驚いてはいますが、逃げたくはなっていません」

『ならいいんだけど……。私は息子が遺言書を書いたと聞いて、寿命が縮んだわ』

(そりゃそうだ)

 香澄は真顔で頷く。

『……だから、というのは卑怯だけど、あの子をお願いね。あなたさえ側にいれば、万事うまくいくわ。けど、あなたに何かがあれば、佑は酷く動揺する。私も家族も、あなたが幸せであるよう協力する。だからあなたもどうか、佑のために機嫌良く過ごしてほしい』

「は……はい」

 好きな人の母親から念を押され、ややプレッシャーだ。

『いつもニコニコしていろなんて言わないわ。人間だから感情があるし、ホルモンバランスの変動もある。佑は気に障る事を言う人ではないけど、どれだけ気をつけても、体調とか、その他の外的因子とか、色んなものが重なった結果、〝合わない〟時はあると思う。……けどすべてひっくるめて、あなたには自分の機嫌を取れる女性でいてほしい。そのためなら、どれだけお金を使っても構わないわ。経営者の妻ってそういうものなのよ』

「……仰る通りです」

 恐らく節子も、そう生きてきたのだろう。

 彼女の場合、日本から離れてドイツで生活する事になった。

 最初は言葉や価値観の壁があり、思うようにいかなかっただろう。

 だが節子は何かに当たる女性ではないし、なるべくアドラーに心配させないように努めただろう。
自分が置かれた環境の中で、何とか前向きになれるよう努力したはずだ。

 佑が遺言書を作ったと聞かされたが、あの一か月については責任を感じている。

 けれどあの時は、「佑さんと距離を置かないと、私は駄目になってしまう」と危機感を抱いていた。

 ニセコでルカと会い、再会した佑と話し合って「やっぱりきちんと話し合えば良かった」と思った。

 だが結果的に頭を冷やせたし、息抜きにもなった。

 最終的には、少し距離をとった事は悪くなかったのではと思っている。

 しかし河野から、佑がどれだけポンコツになったか聞かされた。
 反省したし、今だって〝遺言書〟という言葉を聞いて心底驚いている。

 そこまで彼を追い詰められるのは、自分だけだ。

 そう思うと「もっとしっかりしなくては」と覚悟が宿る。

『重たい子でごめんなさい。私からも謝るわ。けど言い訳をさせてもらうと、多分、こんなに人を好きになったのは初めてなんだと思う。今までは、仕事の片手間に恋愛をしていたと思うから。……まぁ、大人だから逐一恋愛事情は教えてくれないわ。偵察がてら、遊びに行った澪に聞く程度だけどね。けど今は、香澄さんじゃないと駄目なのだと痛感しているわ』

「……勿体ないお言葉です」

 もはやこう言うしかできない。

『佑の言う事を何でも聞きなさいとは言わないわ。嫌な事は嫌だと伝えるべきよ。……ただ、あの子は盲目的になりすぎる時もある。その時は香澄さんが見極めてちょうだい。度を超した時、佑を叱れるのはあなただけよ』

「はい」

 確かに、と思って頷く。

『我が息子ながら、とんでもない化け物でごめんなさいね。〝御劔佑〟を上手に操作してほしいわ。男は惚れた女の言う事なら、何でも聞くものだから』

「頑張ります」

『重い話をして悪かったわね。息子が大事なの。それだけは分かって』

 アンネの声が優しくなったのを知り、香澄は微笑んだ。

「お気になさらないでください。親が子供を心配するのは当たり前です。むしろ私のせいで、佑さんを不安定にさせてしまってすみません」

『謝らなくていいわ。あなたが頑張っているのは分かるもの』

 一拍おいて、アンネは明るい口調で言った。

『また今度、嫌でなければ一緒にブルーメンブラットヴィルに行きましょう』

「はい、楽しみにしています!」

『じゃあね。年末年始とか、また改めて連絡するわ』

「はい」

 そのあと、もう一度『誕生日おめでとう』を言われ、電話が切れた。

「……最初は苦手だったけど、基本的にいい人なんだよなぁ……」

 香澄は呟いて微笑んだあと、プレゼントを片付け始めた。





 すべて片付けて段ボールも纏めると、十五時半過ぎになっていた。

 体を動かしたので汗を掻いていて、これから夜の部があるのでシャワーを浴びる事にした。

 御劔邸にはあちこちバスルームがあるけれど、着替えの事を考えると、自室のバスルームを使うのが手っ取り早い。

 ボディスクラブは一昨日使ったばかりなので、今日はネクタリンのボディソープを使って体を洗う。
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