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第十四部・東京日常 編

気づかれないナンパ

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「十一時二十三分ですね」

「そうですか、ありがとうございます」

 男性は礼を言ったあと、続けて何か言いかけたが、香澄の隣に立った身長一八〇cm越えの久住に睨まれ、息を呑む。
 反対側に移動しようとした彼は、同じように佐野に挟まれて顔色を変える。

(この人、スマホ持ってないのかな)

 ぼんやり思った香澄は、男性の左手首に腕時計があるのに気づいていない。

 男性は、香澄に見とれて思わず声を掛けてしまった、ただのナンパ男なのだが、彼女はまったく理解していない。

 その時、信号が青になり、香澄は男性に軽く会釈をして歩きだした。

 すると、久住が横に並んで小さめの声で忠告してくる。

「赤松さん、今のはナンパですからね」

「えっ」

 香澄は素の声を漏らし、立ち止まりそうになった。
 久住はそんな彼女を呆れたように見て、彼女に合わせて歩調を緩める。

「いい加減、ご自分が魅力的なのに気づいてください。周りの男性はチラチラ赤松さんを見ていますよ。女性だって、あなたが洗練された身なりをしているので気に掛けています」

「そんな……」

 香澄は言いよどむ。

 こういう時、とっさに出てくるのは田舎者根性で、「都会の女性のほうが綺麗なのに」と思ってしまう。

 自分がパッとしない、地味な部類なのを自覚しているので、「どこに目がついてるの?」という思いを抱いてしまうのだ。

「自分に自信があるかは置いておいて、ご自身の価値をもう少し自覚したほうがいいと思います」

「わ、分かりました……」

 一応頷いたものの、香澄は首を傾げながら、ランチの店を探して歩くのだった。





 途中で寄り道をしてジョン・アルクール丸の内店を覗き、それから東京駅の丸の内改札外まで移動した。

「えーと、なに食べようかな。久住さん、佐野さん、何が好きです?」

 香澄はやや優柔不断なので、つい同行人の意見を聞いてしまう。

「俺は護衛ですから、お付き合いするだけです。どうぞ赤松さんの食べたい物を選んでください」

「……ですよねぇ」

 佐野に予想通りの返事をされ、香澄はブラブラと歩き回る。

「うーん、中華も美味しそう。ゴマ担々麺が三種類もある」

 側に二人がいるので、香澄は安心して独り言を口にする。

「でもさっきのお好み焼きも気になるなぁ……」

「北海道の回転寿司屋もありましたが、あれは気にならないんですか?」

 久住に尋ねられ、香澄は「うん?」と斜め上を見る。

「ちょっと違うような気がするんですよね。北海道の回転寿司は北海道で食べたいっていうか……」

「なるほど」

 話題作りだと思って香澄は次の店に意識を移す。

 彼女は知らない事だが、護衛はこういう意見の一つ一つも佑に報告している。
 護衛にさり気なく探らせ、香澄の好き嫌いをさらに知ろうとする、佑の涙ぐましい努力だ。

 アジア料理や洋食……などもあるが、香澄の胃袋センサーが反応しない。

「ピザ……も違うし……。お魚は昨日お寿司を食べたばっかりだし……」

 グルグルグルグル、同じ場所を歩きながら香澄は空腹の精度を高めていく。

「よし、ラーメンにしよう!」

「えっ」

 いきなり今までかすりもしなかったラーメンが出て、久住が思わず声をだした。

「ラーメンお嫌いですか?」

「い、いえ。今まで口に出されなかったので、驚いただけです」

 食べる物を決めた香澄は、スタスタとラーメン屋のほうへ歩いていく。
 店の前には列ができていて、大人しくその最後尾についた。

「あの……久住さん、佐野さん」

「はい?」

 香澄が慎重に話し掛けたものだから、彼らは少し構えている。

「あの……その。私、チャーシュー麺をがっつり食べますけど、恥ずかしいので佑さんに報告しないでくださいね」

「はい」

 久住はニッコリと微笑んで返事をするが、そういかないのが雇われ護衛の悲しいところだ。

「因みに髪が邪魔にならないようにシュシュで縛りますけど、いつでも本気食いできるようにとかじゃないんです。ただ、困った時に纏められたらいいなって思って持っているだけで」

「はい」

 乙女の言い訳を、久住はやはりニッコリ笑って聞く。

 そんな彼が、「社長にシュシュのプレゼントも有効だと伝えておこう」と思ったのは、やはり秘密である。
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