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第十四部・東京日常 編

そういうの知らなさそうだしなぁ

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「っきゃあ! 駄目っ!」

 けれど佑は香澄に「だめ」と言われると燃えるタチで、ムニムニと香澄のお腹を揉んでくる。

「やだっ、や、やぁっ! お腹……っ、お腹ダメっ!」

 ザバッと水音を立てて立ち上がろうとしたが、バスタブに体を押しつけられてしまった。

「んっ」

 そのまま、後ろから片手で手を縛められたかと思うと、脚の間に佑の膝が入って身動きができなくなる。

「な……っ、なにこれ……っ?」

「こうすると動けないって教えてもらったんだ」

 どうやら誰かから入れ知恵をされたらしい。

 香澄は「うーっ」と唸りながら抵抗を続ける。

「だ、誰から聞いたの? ぁ、ん」

 佑の片手が香澄の乳房を揉み、キュッと先端を摘まんだ。

「営業部に生島っていうのがいるけど、そいつに『実践してあげますよ』ってやられたら、本当に動けなかったから使えると思って」

「ちょ、ま、待って!?」

 ぐりんっと無理矢理振り向くと、拘束を緩めた佑が不思議そうに目を瞬かせる。

「ん?」

 香澄は佑に向き直り、困惑しつつも真面目に尋ねる。

「そ、その生島さんって男性だよね?」

「ああ」

 はぁ……と安堵の溜め息をつくが、もう一つ尋ねる。

「それ、他の社員さんの前でも実践したの?」

「男同士だし、いいだろ?」

「……女性社員、喜んでなかった?」

「さあ?」

「…………」

 佑はある面ではとても無防備なので、一瞬ヒヤッとした。

 女性に人気の、男性同士の恋愛を描いたBLというジャンルがあるのを、香澄は知っている。

 BLは、現実のLGBTQとはまた違う、ファンタジーの恋愛形式として楽しまれている。

 小説や漫画、アニメに留まらず、近年ではドラマや映画などに有名な俳優を起用しての作品が一世を風靡した。

(佑さん、そういうの疎そうだしなぁ……)

 はぁ……と溜め息をつき、香澄は彼を抱き締めた。

 一方佑は、なぜ自分がよしよしと撫でられているのか分からないらしい。

「佑さん、会社でじゃれるのもほどほどにね?」

「仕事はちゃんとしてる。昼休みの事だったし」

「ん……」

 内心「そうじゃないんだけど」と思いながら、香澄は曖昧に頷く。

「今の流れは? よく分からなかったんだが。男相手に嫉妬した?」

 佑はバスタブの中で座り直し、膝の上に香澄をのせて顔を覗き込んできた。

「うーん、説明しづらいんだけど……。ある意味、ちょっと気を悪くするかもしれない」

「香澄に言われて不快になる事はない。知らないほうが気になるから言ってみて」

「うーん……」

 迷いながら、香澄はBLという娯楽ジャンルがある事や、現実にもアイドルや俳優の距離が近いと、妄想して喜ぶ女性がいると説明した。

「アイドルは主に女性たちに夢を見させるのが仕事でしょ? 多分多くの女性は、自分と推しの甘い夢を想像するんだと思う。でも中には、男性の推し同士で恋人的な立場を妄想する人がいたり、友情以上恋人未満の関係が尊いとか、上司部下萌えとかあるんだよね……」

「なるほど」

 佑は初耳らしく、目を瞬かせて頷く。

「実在する人への妄想は、こっそりやるべきという暗黙のルールがあるみたい。でもどこにそういう女子がいるか分からないから、相手が男性であってもあまりじゃれつかないほうが、誤解を生まなくていいんじゃないかな? って」

「そう……か」

 佑は顎に手を当ててしばし空中を見つめていた。
 やがて、頷いて言う。

「そういう世界があるのは理解した。まぁ、ファンに好き勝手に妄想されるのは慣れているから、実害がない限り構わないかな」

「変な心配してごめんね。相手は男性なのに、会社の人に佑さんが変な目で見られてるかもって思ったら……。ちょっと微妙な気持ちになっちゃった」

「いや、分かるよ。俺だって香澄が女性とじゃれていて、押し倒されたり胸を揉まれていたりするのを、男性社員が見ていたら……と思うと、嫌な気持ちになる」

「な、なるほど」

 考えすぎではなかったと安堵した香澄は、ホッと息をつく。

 その表情を見て、佑が微笑む。

「香澄は何だかんだ言って、そういう事まで心配するぐらい俺が好きなんだな」

「す、……好きですがなにか?」

 改めて言われると恥ずかしくなり、香澄はジワッと赤面して上目遣いに佑を見た。

「いや、可愛いなって思って」

 佑はスッと顔を寄せ、耳元で囁く。
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