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第十四部・東京日常 編

第十四部・序章 寿司デート2

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「まだ酒も飲んでないのに、絡むんじゃない」

「にゅ」

 顎を掴まれ、香澄の唇がタコになる。

 その時、佑の日本酒と香澄の梅酒が運ばれてきた。

 じゃれ合いは一旦休憩にし、乾杯する事になった。

「じゃあ、誕生日おめでとう。香澄」

「ありがとう、佑さん」

 猪口とグラスをソッとあわせ、二人で微笑み合う。
 それから香澄は梅酒のソーダ割りを一口飲んだ。

「……美味しい」

 じわぁ……と口の中に甘みと酸っぱさが広がり、思わず笑顔になる。

「良かった」

 その後も木場と三人で会話をしていると、先付が出された。
 横長の器の上に、小鉢入った燻製帆立と胡瓜の白和え、真ん中には輪切りの焼き茄子、右手には姿煮にした海老がある。

「綺麗……」

 見た目にも気を遣っている和食に、思わずにっこり笑ってしまう。

「香澄、写真撮らなくていいのか?」

 佑に言われ、香澄は「撮ってもいいんですか?」と木場に尋ねる。

「どうぞ、せっかくのお誕生日ですし、記念に残してください」

「ありがとうございます」

 お礼を言ってから、例のシャッター音の鳴らないカメラアプリで撮影をした。

「いただきます」

 少し迷ってから、大好きな茄子をパクリと一口で食べる。

「んん~」

「間違いない。茄子は美味しい」と香澄はコクコク頷いた。
 口の中に広がる洗練された味に感動しつつ、ときおり梅酒のソーダ割りも飲んで「はぁ……」と幸せな吐息をつく。

 続いて出されたのは、紫雲丹と蝦夷馬糞雲丹の食べ比べという豪華な二皿だ。

「雲丹美味しい~!」

 もだもだと体を揺すって喜びを表現すると、佑が笑いながら言う。

「良かった。道産子香澄は、小樽の市場とかで雲丹丼を食べ慣れているかと思ってた」

「いやぁ、小樽って札幌の隣だけど、行こうと思わないとなかなか行かないかなぁ。皆が思ってるより結構遠いんだよね」

「そうなんだ」

「うんうん。あと、小樽駅前は観光地だから有名なお店が多いけど、やっぱりお高いかなぁ。……あ、お値段の話したら駄目か」

 自戒したけれど、佑は何も気にしていない。

 次に出されたお造りは、本鮪にトロ、甘鯛に間八、ズワイガニに牡丹海老と、豪華なラインナップだ。

「おいひぃ……」

 ちょんちょん、と山葵醤油につけてパクリと一口で食べ、片手で頬を押さえて微笑む。

 イタリアでも「ボーノ、ボーノ」言っていたが、和食も強い。

 そのあとは小鉢に入ったジュンサイに、イカの雲丹和え、蒸し牡蠣が出た。
 焼き物には甘鯛の塩麹焼き、添えられているのは帆立貝の生姜煮と菊菜の出汁巻き玉子。

 そして本命である、にぎり寿司と汁物が出てきた。

 握り寿司は鮑にトロ、本鮪にイクラ、生牡丹海老に時知らずだ。
 汁物は雲丹に徹底しているのか、雲丹と鮑の入ったいちご煮が出された。

 いちご煮というのは青森県の郷土料理で、漁師の浜料理を発祥とした祝いの席での吸い物だ。

 香澄が初めていちご煮を知ったのは、親戚が東北に旅行に行ったお土産で、いちご煮の入った缶詰をくれた時になる。
 その缶詰を一缶、研いだお米に混ぜて炊くだけで、いちご煮の炊き込みご飯ができてとても美味しい。

 そのあと味を占めて「また食べたい」と思って調べると、普通にグラスランドでも売っていたので妙な安堵感を覚えたものだ。

「時知らず!」

 佑と話していた事を思いだし、「ちゃんと伝えてくれていたんだ」と嬉しい気持ちになる。

「どうぞ召し上がれ」

 事情を聞いていたらしい木場は、笑顔で勧めてくれる。

「い、いただきます」

 佑からも微笑みを向けられ、香澄は時知らずの握りを口に入れた。

「んむ……んふ」

 目を閉じてもぐもぐと口を動かし、甘みすら感じられる時知らずを味わう。
 口の中でとろけるトロも、本鮪も、甘い牡丹海老もコリコリとした鮑も、すべて美味しい。

「むふーっ」

 磯の香りがするいちご煮を一口飲んで息をつくと、とうとう佑が隣で笑いだした。
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