上 下
844 / 1,544
第十四部・東京日常 編

第十四部・序章 寿司デート2

しおりを挟む
「まだ酒も飲んでないのに、絡むんじゃない」

「にゅ」

 顎を掴まれ、香澄の唇がタコになる。

 その時、佑の日本酒と香澄の梅酒が運ばれてきた。

 じゃれ合いは一旦休憩にし、乾杯する事になった。

「じゃあ、誕生日おめでとう。香澄」

「ありがとう、佑さん」

 猪口とグラスをソッとあわせ、二人で微笑み合う。
 それから香澄は梅酒のソーダ割りを一口飲んだ。

「……美味しい」

 じわぁ……と口の中に甘みと酸っぱさが広がり、思わず笑顔になる。

「良かった」

 その後も木場と三人で会話をしていると、先付が出された。
 横長の器の上に、小鉢入った燻製帆立と胡瓜の白和え、真ん中には輪切りの焼き茄子、右手には姿煮にした海老がある。

「綺麗……」

 見た目にも気を遣っている和食に、思わずにっこり笑ってしまう。

「香澄、写真撮らなくていいのか?」

 佑に言われ、香澄は「撮ってもいいんですか?」と木場に尋ねる。

「どうぞ、せっかくのお誕生日ですし、記念に残してください」

「ありがとうございます」

 お礼を言ってから、例のシャッター音の鳴らないカメラアプリで撮影をした。

「いただきます」

 少し迷ってから、大好きな茄子をパクリと一口で食べる。

「んん~」

「間違いない。茄子は美味しい」と香澄はコクコク頷いた。
 口の中に広がる洗練された味に感動しつつ、ときおり梅酒のソーダ割りも飲んで「はぁ……」と幸せな吐息をつく。

 続いて出されたのは、紫雲丹と蝦夷馬糞雲丹の食べ比べという豪華な二皿だ。

「雲丹美味しい~!」

 もだもだと体を揺すって喜びを表現すると、佑が笑いながら言う。

「良かった。道産子香澄は、小樽の市場とかで雲丹丼を食べ慣れているかと思ってた」

「いやぁ、小樽って札幌の隣だけど、行こうと思わないとなかなか行かないかなぁ。皆が思ってるより結構遠いんだよね」

「そうなんだ」

「うんうん。あと、小樽駅前は観光地だから有名なお店が多いけど、やっぱりお高いかなぁ。……あ、お値段の話したら駄目か」

 自戒したけれど、佑は何も気にしていない。

 次に出されたお造りは、本鮪にトロ、甘鯛に間八、ズワイガニに牡丹海老と、豪華なラインナップだ。

「おいひぃ……」

 ちょんちょん、と山葵醤油につけてパクリと一口で食べ、片手で頬を押さえて微笑む。

 イタリアでも「ボーノ、ボーノ」言っていたが、和食も強い。

 そのあとは小鉢に入ったジュンサイに、イカの雲丹和え、蒸し牡蠣が出た。
 焼き物には甘鯛の塩麹焼き、添えられているのは帆立貝の生姜煮と菊菜の出汁巻き玉子。

 そして本命である、にぎり寿司と汁物が出てきた。

 握り寿司は鮑にトロ、本鮪にイクラ、生牡丹海老に時知らずだ。
 汁物は雲丹に徹底しているのか、雲丹と鮑の入ったいちご煮が出された。

 いちご煮というのは青森県の郷土料理で、漁師の浜料理を発祥とした祝いの席での吸い物だ。

 香澄が初めていちご煮を知ったのは、親戚が東北に旅行に行ったお土産で、いちご煮の入った缶詰をくれた時になる。
 その缶詰を一缶、研いだお米に混ぜて炊くだけで、いちご煮の炊き込みご飯ができてとても美味しい。

 そのあと味を占めて「また食べたい」と思って調べると、普通にグラスランドでも売っていたので妙な安堵感を覚えたものだ。

「時知らず!」

 佑と話していた事を思いだし、「ちゃんと伝えてくれていたんだ」と嬉しい気持ちになる。

「どうぞ召し上がれ」

 事情を聞いていたらしい木場は、笑顔で勧めてくれる。

「い、いただきます」

 佑からも微笑みを向けられ、香澄は時知らずの握りを口に入れた。

「んむ……んふ」

 目を閉じてもぐもぐと口を動かし、甘みすら感じられる時知らずを味わう。
 口の中でとろけるトロも、本鮪も、甘い牡丹海老もコリコリとした鮑も、すべて美味しい。

「むふーっ」

 磯の香りがするいちご煮を一口飲んで息をつくと、とうとう佑が隣で笑いだした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

処理中です...