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第十三部・イタリア 編

〝魔性の女〟

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「なんかもう……全身ブランドっていう感じ。このまま誘拐されたらどうしよう」

 貧乏性ゆえに、思わず自分より服や装飾品の心配をしてしまう。

 加えて「私みたいなのが、高級ブランドを身につけてすみません」という卑屈根性にもなってしまうのだが、それはグッと堪える。

 腕時計はプレゼントしてもらった物をつけ、時刻が合っているか確認した。

 さすがにスマホはバックアップしてからでないと使えないので、家に置いておく。

「貴恵さん、変じゃないです?」

 リビングに下りて斎藤にお出かけスタイルを見せると、彼女は「わぁ」と笑顔になった。

「とっても素敵です! 上品なのに大人の色気があって、とても素敵です」

「そ? そうですか? 良かった……。ブランドで固めていて、コテコテしていないかな? とか、服に着られていないかな? って心配だったんです」

 安堵して微笑むと、斎藤が勇気づけるように頷いてくれた。

「香澄さんはどんどん洗練されてきていますよね。この家にいらしてから、マナーや振る舞いとか色々身につけられたでしょう? 加えてお肌も綺麗だしメイクも素敵ですし、歩き方一つにしても本当に品がありますから」

 斎藤にベタ褒めされ、香澄は赤面すると眉を寄せて俯く。

「そ、それは褒めすぎです……」

 背中を丸めてきゅっと目を閉じた香澄を見て、斎藤が朗らかに笑った。





 それから瀬尾が運転する車で、佑と待ち合わせをしているホテルに向かう事にした。

(あ、思ってみたら今日の待ち合わせホテルが『ザ・エリュシオン東京』か……)

 誕生日プレゼントのカードに書かれてあったホテル名を思いだし、こっそり溜め息をつく。

 そのあと、車内にいる久住と佐野に話しかけた。

「時差ボケは治りましたか?」

 その問いには佐野が答える。

「はい。休みを頂いたので、爆睡したら元気になりました」

「三週間、短いようで長かったですね」

 頷くと、久住が返事をした。

「そうですね。海外という事でずっと緊張しっぱなしだったので、帰国できて良かったです。いえ、帰国したからって気を緩める訳じゃないんですが」

 慌てて言い直す久住に、香澄はクスクス笑う。

「そういえば、久住さん料理が得意なんですってね? ルカさんが褒めていました」

「ありがとうございます。料理男子って言われたら可愛いもんですが、逆にこのこだわりが女性を敬遠させているようで、何とも言いがたいのですが……」

「え? そんなに本格的なんですか? 一回久住さんのご飯食べてみたいな」

 香澄はサラッと会話しながら、相手の懐に自然に入っているのを自覚していない。

 この自然な親しさが佑をやきもきさせ、他の男性を勘違いさせると、車内にいる三人が思っているのを、香澄は知らない。

「まぁ、いつか……。機会があれば」

 久住としては佑に解雇されかねないので、香澄を自宅に招く気はない。

 香澄本人は素直に思った事を口にだしただけなので、〝魔性の女〟と思われているなどまったく知らない。

『セクシーじゃないし、スタイルも良くない。第一美人じゃない』

 もし「魔性の女」と言われたなら、香澄自身はそうやって全否定するだろう。

 だが本当の魔性というのは、相手に警戒心を抱かせず、スッと心に入り込む距離感や話術をいうのだろう。

 まったく分かっていない香澄に、久住たちは内心溜め息をつく。

「だから護衛として守らないといけないんだよな」と彼らが自分に言い聞かせていたのは、香澄のあずかり知らぬ所である。



**




 目的地に着くと、香澄は久住と佐野を伴ってホテルに入った。

「待ち合わせにはまだ時間があるんですけど、久住さんたちはどうされますか?」

「待ち合わせ時間までお側にいます。もしラウンジで休憩されるなら、離れた席から見守らせて頂きます」

「分かりました。じゃあ、コーヒーでも飲んでいようかな」

 一階のラウンジカフェに向かう香澄を、ロビーにいた宿泊客が、ほぅっとした目で見送っている。

 高級かつ品のいい服に身を包み、ピンクソールのハイヒールを履いた香澄が、美しく歩く姿は人目を引く。

 だが本人はそう見られていると思わず、逆に自分がこのホテルに場違いでないかを気にしていた。

 ラウンジカフェの席に座った香澄は、出されたメニューを見て「カフェオレをお願いします」とオーダーした。
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