807 / 1,536
第十三部・イタリア 編
帰国
しおりを挟む
「ふぅ……」
いつもの席に座ってシートベルトを締め、香澄は胸をドキドキさせる。
飛行機に乗るときはいつも少し昂ぶるが、これから三週間ぶりに帰国できると思うと、ドキドキが増している。
「機内食には和食もある。日本での食事には及ばないかもしれないが、何でも楽しんで」
「ありがとう」
飛行機のエンジン音が大きくなったかと思うと、飛行機は滑走路を加速していく。
窓から外の景色を見てドキドキしていると、飛行機はあっという間にフワッと宙に浮いた。
地上はグングン遠くなり、見える地上の景色は空港近くの畑の茶色がメインになる。
香澄はしばらく窓に貼り付いて、イタリアの大地を目に焼き付けていた。
だが高度を増して何も見えなくなると、「はぁ……」と息をついて前を向いた。
客室乗務員が飲み物のオーダーを尋ねる。
河野をはじめ護衛たちは「やっと帰れますね」と緩んだ表情を見せていた。
香澄はオレンジジュースをもらい、おやつにビスコッティを出してもらう。
(これもきっと、佑さんが事前に連絡してくれたんだろうなぁ。私の好きな物、なんでも揃えてくれる。魔法使いみたい)
そう思った香澄は、向かいの席でタブレットを見ている佑を、チラッと盗み見して一人微笑む。
(長らく休んじゃったけど、帰国したら本当に再始動しないと。さすがの成瀬さんたちでも、長期間休んでもお咎めなしなら『ちょっと……』って思うだろうし。秘書課にもお土産を配って念入りにお詫びして、松井さんにも土下座を辞さない勢いで謝って……)
エミリアの件があってから、香澄は会社では病休になっているらしい。
しかし香澄は自分を病気だと思っていないので、罪悪感が半端ない。
(お世話になっている三人にはパリで可愛いアクセサリーとお菓子を買ったし、『またお世話になります』って挨拶しないと)
例の三人組は特に怒っておらず、「社長の婚約者だと大変だね」ぐらいしか思っていないのだが、香澄はまじめな性格ゆえに責任を感じている。
考えながら、香澄はシートのポケットから映画のプログラムを出した。
「最新の映画が見られるから、空飛ぶ映画館だよねぇ……。贅沢」
思わずそう口走ると、佑がにっこりと笑う。
「出張に付き合ってくれるなら、いつでも乗っていいぞ?」
「そっ、そうじゃなくてですね……社長」
いつも佑と一緒にいたいが、松井や河野を差し置いて出しゃばりたい訳ではない。
自分はどちらかというと、オフィスや国内出張の同行が向いている。
海外出張なら河野のほうが語学が堪能だし、いざという時に護衛にもなるだろう。
香澄は佑と笑い合ったあと、ビスコッティを囓りながら映画鑑賞タイムに入った。
**
機内ベッドで寝たあと、佑に起こされて身支度をし、朝食には胃に優しいおかゆや味噌汁を頂く。
ヨーロッパでの食生活は、何を見ても珍しくて楽しかったが、慣れない物が続くとやはり日本食が恋しくなる。
香澄はふうふうとおかゆを冷まして口に入れ、高級そうな梅干しをつついて「すっぱぁい」と顔を綻ばせた。
河野たちも表情が晴れやかで、香澄まで嬉しくなる。
約十二時間半のフライトを経て、飛行機が羽田に降り立ったのは、翌日の早朝だ。
香澄はタラップを踏んで、懐かしい関東の空を見上げた。
「ただいま!」
誰にともなく言って笑顔になると、車に乗る。
「考えてみたら、早朝に着くなら、あのおうどんはまた今度だね」
「そうだな。俺も疲れててそこまで考えられなかった。ごめん」
「ううん。いいの。次のデートの口実ができるもの」
車の中で会話をして微笑み、香澄は佑に身を預け、窓の外に見える東京の景色をぼんやりと見る。
「……帰ってきたね」
「ああ。ニセコからさらって三週間。あの一か月よりは短いけど、俺にとっては香澄と離ればなれだった気持ちを埋める濃密な三週間になった。疲れただろうけど、付き合ってくれてありがとう。帰ったらゆっくり休んでいいから」
「ありがとう。……一か月、我が儘を聞いてくれてありがとう。きっともう大丈夫」
佑から離れなきゃ、と思った二か月前の不安定な気持ちは、今はすっかりなりをひそめている。
「どれだけ不安でも、佑さんと一緒にいて愛されていると思うと、落ち着くのを身に染みて分かった。あの一か月は無駄だったのかな? って思う事もあるけど、無駄じゃなかったと思いたい」
「俺は香澄が好き過ぎて、視野が狭くなっていた自覚がある。確かにそういう時は距離を取るのも大事なんだろう。これからもそういう時間はあってもいいと思ってる。でも、絶対に連絡ありで」
「んふふ、うん!」
ぎゅっと佑の手を握った香澄は、白金台にある御劔邸に着くまで目を閉じて休む事にした。
**
いつもの席に座ってシートベルトを締め、香澄は胸をドキドキさせる。
飛行機に乗るときはいつも少し昂ぶるが、これから三週間ぶりに帰国できると思うと、ドキドキが増している。
「機内食には和食もある。日本での食事には及ばないかもしれないが、何でも楽しんで」
「ありがとう」
飛行機のエンジン音が大きくなったかと思うと、飛行機は滑走路を加速していく。
窓から外の景色を見てドキドキしていると、飛行機はあっという間にフワッと宙に浮いた。
地上はグングン遠くなり、見える地上の景色は空港近くの畑の茶色がメインになる。
香澄はしばらく窓に貼り付いて、イタリアの大地を目に焼き付けていた。
だが高度を増して何も見えなくなると、「はぁ……」と息をついて前を向いた。
客室乗務員が飲み物のオーダーを尋ねる。
河野をはじめ護衛たちは「やっと帰れますね」と緩んだ表情を見せていた。
香澄はオレンジジュースをもらい、おやつにビスコッティを出してもらう。
(これもきっと、佑さんが事前に連絡してくれたんだろうなぁ。私の好きな物、なんでも揃えてくれる。魔法使いみたい)
そう思った香澄は、向かいの席でタブレットを見ている佑を、チラッと盗み見して一人微笑む。
(長らく休んじゃったけど、帰国したら本当に再始動しないと。さすがの成瀬さんたちでも、長期間休んでもお咎めなしなら『ちょっと……』って思うだろうし。秘書課にもお土産を配って念入りにお詫びして、松井さんにも土下座を辞さない勢いで謝って……)
エミリアの件があってから、香澄は会社では病休になっているらしい。
しかし香澄は自分を病気だと思っていないので、罪悪感が半端ない。
(お世話になっている三人にはパリで可愛いアクセサリーとお菓子を買ったし、『またお世話になります』って挨拶しないと)
例の三人組は特に怒っておらず、「社長の婚約者だと大変だね」ぐらいしか思っていないのだが、香澄はまじめな性格ゆえに責任を感じている。
考えながら、香澄はシートのポケットから映画のプログラムを出した。
「最新の映画が見られるから、空飛ぶ映画館だよねぇ……。贅沢」
思わずそう口走ると、佑がにっこりと笑う。
「出張に付き合ってくれるなら、いつでも乗っていいぞ?」
「そっ、そうじゃなくてですね……社長」
いつも佑と一緒にいたいが、松井や河野を差し置いて出しゃばりたい訳ではない。
自分はどちらかというと、オフィスや国内出張の同行が向いている。
海外出張なら河野のほうが語学が堪能だし、いざという時に護衛にもなるだろう。
香澄は佑と笑い合ったあと、ビスコッティを囓りながら映画鑑賞タイムに入った。
**
機内ベッドで寝たあと、佑に起こされて身支度をし、朝食には胃に優しいおかゆや味噌汁を頂く。
ヨーロッパでの食生活は、何を見ても珍しくて楽しかったが、慣れない物が続くとやはり日本食が恋しくなる。
香澄はふうふうとおかゆを冷まして口に入れ、高級そうな梅干しをつついて「すっぱぁい」と顔を綻ばせた。
河野たちも表情が晴れやかで、香澄まで嬉しくなる。
約十二時間半のフライトを経て、飛行機が羽田に降り立ったのは、翌日の早朝だ。
香澄はタラップを踏んで、懐かしい関東の空を見上げた。
「ただいま!」
誰にともなく言って笑顔になると、車に乗る。
「考えてみたら、早朝に着くなら、あのおうどんはまた今度だね」
「そうだな。俺も疲れててそこまで考えられなかった。ごめん」
「ううん。いいの。次のデートの口実ができるもの」
車の中で会話をして微笑み、香澄は佑に身を預け、窓の外に見える東京の景色をぼんやりと見る。
「……帰ってきたね」
「ああ。ニセコからさらって三週間。あの一か月よりは短いけど、俺にとっては香澄と離ればなれだった気持ちを埋める濃密な三週間になった。疲れただろうけど、付き合ってくれてありがとう。帰ったらゆっくり休んでいいから」
「ありがとう。……一か月、我が儘を聞いてくれてありがとう。きっともう大丈夫」
佑から離れなきゃ、と思った二か月前の不安定な気持ちは、今はすっかりなりをひそめている。
「どれだけ不安でも、佑さんと一緒にいて愛されていると思うと、落ち着くのを身に染みて分かった。あの一か月は無駄だったのかな? って思う事もあるけど、無駄じゃなかったと思いたい」
「俺は香澄が好き過ぎて、視野が狭くなっていた自覚がある。確かにそういう時は距離を取るのも大事なんだろう。これからもそういう時間はあってもいいと思ってる。でも、絶対に連絡ありで」
「んふふ、うん!」
ぎゅっと佑の手を握った香澄は、白金台にある御劔邸に着くまで目を閉じて休む事にした。
**
22
お気に入りに追加
2,501
あなたにおすすめの小説
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
隠れ御曹司の愛に絡めとられて
海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた――
彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。
古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。
仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!?
チャラい男はお断り!
けれども彼の作る料理はどれも絶品で……
超大手商社 秘書課勤務
野村 亜矢(のむら あや)
29歳
特技:迷子
×
飲食店勤務(ホスト?)
名も知らぬ男
24歳
特技:家事?
「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて
もう逃げられない――
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
身長172センチ。
高身長であること以外はいたって平凡なアラサーOLの佐伯花音。
婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。
名前からしてもっと可愛らしい人かと…ってどういうこと? そんな人こっちから願い下げ。
−−−でもだからってこんなハイスペ男子も求めてないっ!!
イケメン副社長に振り回される毎日…気が付いたときには既に副社長の手の内にいた。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※完結済み、手直ししながら随時upしていきます
※サムネにAI生成画像を使用しています
お兄ちゃんはお医者さん!?
すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。
如月 陽菜(きさらぎ ひな)
病院が苦手。
如月 陽菜の主治医。25歳。
高橋 翔平(たかはし しょうへい)
内科医の医師。
※このお話に出てくるものは
現実とは何の関係もございません。
※治療法、病名など
ほぼ知識なしで書かせて頂きました。
お楽しみください♪♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる