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第十三部・イタリア 編

語り合う童貞たち

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『でもそういうのって、満たされないだろ? どんなに美人でも、相手が求めているものは〝フィオーレ社のルカとセックスして、ハイブランドのバッグをもらった〟っていうステータスだ。僕だってそんな関係だけで相手を愛せない』

 理解できるので、佑は何も言わず頷いた。
 ルカはなおも話す。

『バカだった頃は、執着を〝大事にされている、愛されてる〟と勘違いした。でも違う。僕が隠れ家にしてる古い一軒家があるんだ。当時一番気に入っていた女の子を招待したら、〝何このボロ屋。あなたに似合わない〟って笑われて目が覚めた。僕は、豪邸も高級車も、高級レストランがなくても、〝あなたがいい〟って言ってくれる人を求めていたんだ』

『……それは、同意する』

 頷いた佑は、マリアと話しながらブランコを漕いでいる香澄を見る。
 話が弾んでいるようで、遠くから楽しげな笑い声が聞こえた。

『僕は、心の奥にいる中学生みたいな存在を、心の童貞だと思ってる。僕そのものを愛し、今まで知らなかった感情を教えてくれたのがマリアだ。高級レストランに行かなくても、高価なプレゼントをしなくても、〝あなたといると楽しい〟って言ってくれる。膝に猫を乗せて本を読み、一日過ごしても文句を言わないし〝また読書デートしましょう〟って言ってくれる。……僕はそんなマリアが愛しくて堪らない』

 ルカはブランコに座っているマリアを見て優しい目をし、堪らず投げキスをした。

『……香澄も同じだ』

 しみじみと微笑むと、ルカがまた背中を叩いてくる。

『僕ら童貞は、運命の女神に初恋をしてるんだ。デートやセックスの方法を知っていても、女神がお気に召すかは分からない。女神が喜んでくれたら、嬉しくて調子に乗っちゃう。どこまで受け入れてくれるだろう? もっと僕の趣味を見せても大丈夫だろうか? ちょっとマニアックなセックスをしても大丈夫だろうか? そんな風に、ついつい試してしまう』

『……まったく同意で、返す言葉がない』

 思わず苦笑いし、佑は溜め息をついて夜空を見上げた。

『……香澄を信じないとな。俺は過保護がすぎる。心配しすぎてDVみたいになる時もある。愛想を尽かされてもおかしくないのに、愛情という免罪符をぶら下げて暴走してしまう』

『童貞、だね』

『まったくだ』

 笑い合ったあと、ルカが口を開く。

『僕の体感で言うと、引っ張っていく童貞より、弱さを見せる童貞のほうが受け入れられやすいよ。強引に〝ついてきてくれるだろう?〟って言うより、〝こういう心配があるんだけど君は大丈夫?〟って聞いてみるんだ。結婚もそれと同じだ』

 童貞、童貞と耳に痛いが、ルカの言葉は金言だ。

『……そうだな。いつまでも格好つけてないで、弱さを出す訓練をしてみる』

 佑の返事を聞き、ルカは小さく笑いながら砂利の音を鳴らして脚を伸ばす。

『男って好きな女性の前では格好つけていたいよね。すっごく分かるよ。恋愛なら誤魔化せるかもしれない。でも結婚は自分の人生を相手に委ねる事だ。いずれ上辺だけじゃ済まないものが出るし、いつか大喧嘩するかもしれない。そうなる前につまらないプライドを少しずつ崩して、壁を低くしていったほうがいい。これはノンノの持論でもあるよ』

 マルコを話題に出され、佑は思わず笑う。

『確かに。フィオーレ社の名誉会長が、お気に入りのサッカーチームが負けて奥方に泣きついているのは想像できなかった』

『あはは! それ!』

 ルカが朗らかに笑った時、「佑さん」と香澄の声がした。





 シャランとしたハイブランドの腕時計を見ると、外に出て一時間経っていた。

 すっかり酔いも醒め、マリアと一緒に佑たちのもとへ向かうと、二人が立ち上がった。

「男性組も盛り上がってた?」

 尋ねると、佑が柔らかく笑う。

「盛り上がったっていうか……。んー、まぁ、色々話したよ」

 佑の表情は和らいでいて、ルカと気兼ねなく話せたのだと察した。

「そろそろ離れに戻っても大丈夫かな? お腹一杯で眠たくなっちゃった」

 内心「少し我が儘かな?」と不安になりながら提案してみる。
 マリアと沢山話したあと、今は佑とイチャイチャしたい気持ちが高まっていた。

「そうだな。母屋に挨拶をして離れに戻ろう」

 その旨を佑がルカに伝えると、彼は「Va bene分かった」と微笑んでくれた。





 四人で母屋に入り、リビングダイニングまで行くと、フィオーレ家の面々はまだ酒盛りを続けていた。

『カスミさん、大丈夫? 酔いは醒めた?』

 香澄の姿を見てカロリーヌが立ち上がり、いそいそと近付いてくる。
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