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第十三部・イタリア 編
心の童貞
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『香澄は俺のすべてを受け入れてくれると思うし、無理してでも我慢するだろう。そう分かっていても、無理をさせるのはつらいな』
彼女はいつも、微笑んですべてを我慢する。
心で血を流しても、自分を傷付けた相手を心配して「大丈夫だよ、気にしないで」と言う人だ。
飯山やエミリアのような者に酷い目に遭わされても、相手を呪ったり復讐したいと望む人ではない。
その姿を、痛々しく思う時がある。
『確かにカスミは、人を押しのけたり蹴落とすのに向いてないよね。そうじゃなかったらニセコで、年下の子供相手に好きなようにやられてなかっただろう』
忌々しい記憶を思いだし、佑は渋面になる。
『僕もマリアに散々言われたよ。〝あなたの事は愛しているけど、あなたの家が無理。あなたの家族だって好きだけど、フィオーレ家という重圧には耐えられない〟って。……まぁ、ニセコに行く前の話なんだけどね。今は覚悟を決めてくれている』
マリアの話を聞いていると、様々なところが香澄と重なる。
『どうやって口説いたんだ? 香澄の言葉がきっかけだとしても、彼女を納得させたのは君の言葉だろう?』
ずっと気になっていた。
ルカとマリアの関係は、自分と香澄の関係にとても似ている。
サラブレッドのような血族に対し、嫁ぐ側は一般家庭育ちだ。
問題とするものも似通っている。
『〝君はそのままでいいよ〟って言ったよ。マリアは結婚する事で、今までコツコツ築いてきたものを失う事を恐れている。だから靴職人を続けたいならそうしてほしいし、結婚したからといって、生活パターンやその他のものを変えなくていいって伝えた』
(……あぁ)
佑の胸に、ザクッと何かが刺さった。
自分はすでに、香澄に色んなものを貢ぎすぎている。
挙げ句、「お父さん」と言われている始末だ。
(……でも俺だって、香澄に『無理に変わる必要はない』と思ってる)
佑は心の中でルカと自分を比較し、どこまでセーフなのか確認する。
『同時に〝僕も結婚で失うものはあるから、条件は一緒だよ〟とも言った。〝失う〟なんて彼女が遠慮しそうで言いたくなかったけど、彼女と〝同じ〟である事を強調した。結婚する事で、どっちかが負担を抱えたら駄目なんだ。イーブンな関係だって事前に伝える必要がある』
「一理ある」と納得しつつ、佑は尋ねる。
『〝負担を掛けるなら結婚しなくていい〟って言われなかったか?』
香澄なら言いそうだ。
『いや、逆に乗り気になった。僕が独身生活から何を削るか興味を持った。だから、僕が休日に一人でどう過ごしているか、結婚する事で何を諦めるかなど教えてあげた。そうしたらマリアは、〝自分だけが我慢するんじゃないんだ〟って気づいたみたいだ』
(そう……か)
佑は今まで、香澄の負担になる言動や行動は避けていた。
結婚についても、「すべて任せろ、香澄は何も心配せず嫁げばいい。絶対幸せにしてあげるから」という雰囲気を出していた。
『人って得体の知れないものに不安を感じるんだよ。健康にしたって、医者じゃない人はちょっと不調になると〝病気だったららどうしよう〟って不安になる。幸せを約束された未来があるとしても〝無条件に幸せになるなんてあり得ない。絶対裏がある〟って警戒するんだ。いわば、生存本能だ。よっぽどお気楽でない限り、不安になるのは当たり前じゃないかな』
第三者の言葉だからこそ、ルカの言葉が胸に響く。
(そうだ。俺は香澄の気持ちを考えてなかった。自分を過信して、幸せにする力があるから大丈夫だと思い込んでいた。香澄を愛玩動物のように思って、ただ守り責任を持って幸せにすればいいと思っていた。……彼女にだって人として考え、不安になる心はあるのに)
自分の傲慢さに気付き、眩暈すら覚える。
溜め息をついた佑を見て、ルカが笑う。
『いまタスクが考えてる事、何となく分かるよ。僕が考えてた事ときっと同じだと思う』
太腿の上に両肘をつけ、佑は俯いて溜め息をつく。
『……駄目だ。俺は三十二歳にもなって、まだろくに女性を愛せない』
真剣に悩む佑の背中を、明るく笑ったルカがバンバンと叩く。
『あはは! 落ち込む事ないよ! 僕なんて三十六歳だよ? 年齢で考えるのはやめたほうがいいって。心底人を好きになると、何もかも初めてになるんだ。心が童貞なんだよ。僕は愛しさのあまり何度もマリアを困らせた。でもそのたびにマリアは許してくれた。だから結婚したい。そういうシンプルな話だよ』
三十男が二人もそろって〝心が童貞〟だと思うと泣けてくる。
『タスク、心の童貞を恥じる事はないよ。僕はマリアと付き合う前に、大勢の女性と付き合った。ワンナイトラブだってあったし、気持ち良く飲んでセックスして、気が合ったらちょっとプレゼントをする。そんな上辺だけの関係を続けていた』
彼の話を聞き、自分も似たような事をしていたと思った。
彼女はいつも、微笑んですべてを我慢する。
心で血を流しても、自分を傷付けた相手を心配して「大丈夫だよ、気にしないで」と言う人だ。
飯山やエミリアのような者に酷い目に遭わされても、相手を呪ったり復讐したいと望む人ではない。
その姿を、痛々しく思う時がある。
『確かにカスミは、人を押しのけたり蹴落とすのに向いてないよね。そうじゃなかったらニセコで、年下の子供相手に好きなようにやられてなかっただろう』
忌々しい記憶を思いだし、佑は渋面になる。
『僕もマリアに散々言われたよ。〝あなたの事は愛しているけど、あなたの家が無理。あなたの家族だって好きだけど、フィオーレ家という重圧には耐えられない〟って。……まぁ、ニセコに行く前の話なんだけどね。今は覚悟を決めてくれている』
マリアの話を聞いていると、様々なところが香澄と重なる。
『どうやって口説いたんだ? 香澄の言葉がきっかけだとしても、彼女を納得させたのは君の言葉だろう?』
ずっと気になっていた。
ルカとマリアの関係は、自分と香澄の関係にとても似ている。
サラブレッドのような血族に対し、嫁ぐ側は一般家庭育ちだ。
問題とするものも似通っている。
『〝君はそのままでいいよ〟って言ったよ。マリアは結婚する事で、今までコツコツ築いてきたものを失う事を恐れている。だから靴職人を続けたいならそうしてほしいし、結婚したからといって、生活パターンやその他のものを変えなくていいって伝えた』
(……あぁ)
佑の胸に、ザクッと何かが刺さった。
自分はすでに、香澄に色んなものを貢ぎすぎている。
挙げ句、「お父さん」と言われている始末だ。
(……でも俺だって、香澄に『無理に変わる必要はない』と思ってる)
佑は心の中でルカと自分を比較し、どこまでセーフなのか確認する。
『同時に〝僕も結婚で失うものはあるから、条件は一緒だよ〟とも言った。〝失う〟なんて彼女が遠慮しそうで言いたくなかったけど、彼女と〝同じ〟である事を強調した。結婚する事で、どっちかが負担を抱えたら駄目なんだ。イーブンな関係だって事前に伝える必要がある』
「一理ある」と納得しつつ、佑は尋ねる。
『〝負担を掛けるなら結婚しなくていい〟って言われなかったか?』
香澄なら言いそうだ。
『いや、逆に乗り気になった。僕が独身生活から何を削るか興味を持った。だから、僕が休日に一人でどう過ごしているか、結婚する事で何を諦めるかなど教えてあげた。そうしたらマリアは、〝自分だけが我慢するんじゃないんだ〟って気づいたみたいだ』
(そう……か)
佑は今まで、香澄の負担になる言動や行動は避けていた。
結婚についても、「すべて任せろ、香澄は何も心配せず嫁げばいい。絶対幸せにしてあげるから」という雰囲気を出していた。
『人って得体の知れないものに不安を感じるんだよ。健康にしたって、医者じゃない人はちょっと不調になると〝病気だったららどうしよう〟って不安になる。幸せを約束された未来があるとしても〝無条件に幸せになるなんてあり得ない。絶対裏がある〟って警戒するんだ。いわば、生存本能だ。よっぽどお気楽でない限り、不安になるのは当たり前じゃないかな』
第三者の言葉だからこそ、ルカの言葉が胸に響く。
(そうだ。俺は香澄の気持ちを考えてなかった。自分を過信して、幸せにする力があるから大丈夫だと思い込んでいた。香澄を愛玩動物のように思って、ただ守り責任を持って幸せにすればいいと思っていた。……彼女にだって人として考え、不安になる心はあるのに)
自分の傲慢さに気付き、眩暈すら覚える。
溜め息をついた佑を見て、ルカが笑う。
『いまタスクが考えてる事、何となく分かるよ。僕が考えてた事ときっと同じだと思う』
太腿の上に両肘をつけ、佑は俯いて溜め息をつく。
『……駄目だ。俺は三十二歳にもなって、まだろくに女性を愛せない』
真剣に悩む佑の背中を、明るく笑ったルカがバンバンと叩く。
『あはは! 落ち込む事ないよ! 僕なんて三十六歳だよ? 年齢で考えるのはやめたほうがいいって。心底人を好きになると、何もかも初めてになるんだ。心が童貞なんだよ。僕は愛しさのあまり何度もマリアを困らせた。でもそのたびにマリアは許してくれた。だから結婚したい。そういうシンプルな話だよ』
三十男が二人もそろって〝心が童貞〟だと思うと泣けてくる。
『タスク、心の童貞を恥じる事はないよ。僕はマリアと付き合う前に、大勢の女性と付き合った。ワンナイトラブだってあったし、気持ち良く飲んでセックスして、気が合ったらちょっとプレゼントをする。そんな上辺だけの関係を続けていた』
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