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第十三部・イタリア 編
理解し合う二人
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「そうね。それはフィオーレ家の皆も同じだわ。フィオーレ家の場合、高級車を扱っているから僻みで叩く人もいるの。それに車は一つ間違えたら殺人の道具になる。だからこの家の人は、常に〝命〟を相手に気を張っているのよ」
「……そうですね」
「でもね、私はルカの隣にいるってもう決めたわ」
マリアはキッパリと言い切り、誇らしげに笑う。
「靴職人はやめないけど、今までより靴に向き合う時間が減ると思う。でも私はルカの隣で、彼を支える人生を歩むと決めた。何かを得るには、何かを失う覚悟が必要だわ。今までの私は人生の六割以上を靴に向けてきた。残りが恋愛や家族に友達と、それ以外の趣味や旅行かしら」
「仕事は違いますが、私も似たような感じです」
返事をした香澄に、マリアは笑いかける。
「でも考えてみて? それで自分のキャパシティは満たされていたでしょう? これからはそれに加えて夫になる人とその家族、彼の家や家業、生まれてくる子供も加わってくるわ。普通に考えたらキャパオーバーよ。……だから、今までの自分の生き方を少し削る必要がある。……私はそれが結婚する覚悟と思っているわ」
「あ……」
とん、と心の中に何かが落ち、マリアの言葉が心に響く。
(そっか……。私、今までの自分を変えずに、さらに佑さんっていう、化け物並みの存在を抱え込もうとしてたんだ。そんなの、うまくいくはずがない。覚悟が足りないとかじゃなくて、根本的な勘違いをしてたんだ)
ずっと心の奥にあったモヤモヤが、パッと晴れた気がした。
「……私、自分を変えないで佑さんと結婚しようと思っていました」
呆然としたまま呟くと、マリアがにっこり笑う。
「それ、ちょっと前の私と同じよ。どんなに環境が変わってもルカは『僕が守る』って言ってくれたし、信じていた。それでも『うまくいきっこない』と思っていた。私は青いタイルの上を歩いていて、ルカと結婚すればその道に赤いタイルが加わり紫になる。なのに私は、必死に紫の中から青いタイルを探そうとしていたの」
「色が変わると戸惑いますけど、……きっと、もっと華やかに豊かになりますね」
「そうよ」
明るく笑ったマリアは、香澄の肩を揉む。
「私は香澄さんの事を詳しく知らないけど、きっと大事なものや譲れないものがあると思うの。私の譲れないものは、週に一回はバーに行きたいとか、朝は絶対チャイを飲みたいとか。チャイについては、ルカと大喧嘩したわね。『君はそれでもイタリア人か!』って言われたわ」
イタリア人らしい喧嘩に、香澄は思わず笑う。
「ふふふ、確かに! 私は、んー……。護衛に守られる生活とか、家事を誰かにしてもらう事を〝当たり前〟と思う生活に戸惑っています。頭では理解しているんですが、『私にこんな事をしてもらう価値があるんだろうか?』って思ってしまうんです。譲れないものというより、一般人の感覚を捨てきれない感じ……です」
苦笑いすると、マリアは目と口を大きく開いてコクコクと頷く。
「ああ! それよーく分かるわ! いつも工房の前でボディガードが、新聞読んだりエスプレッソ飲んだりして見張ってるのよ。フィオーレ社の重役の婚約者だから、誘拐されれば大変な事になるって分かってるの。でも落ち着かないわよね! すっごい分かる!」
マリアは香澄の両手をギューッと握り、何度も頷いて理解を示す。
両足をトタトタと踏みならし、異様なほどに同感している。
「でもね! 慣れよ、慣れ! だってそれが彼らの仕事だもの。私を見張ってお金をもらっているの。それに、他人の仕事に第三者が余計な感情を持つのは良くないわ。『邪魔よ』って言っても、彼らは仕事として私を見張るし、有事の時には私を庇う。彼らが選択した職業が護衛よ。だから私は、本当に邪魔だけど、敬意を持って彼らを〝いない者〟として無視するわ」
遠慮なく言うマリアの言葉を聞き、香澄はしばしポカンとする。
けれど次第に、じわりとその意味を理解していく。
(護衛は警察や自衛隊、海外の軍隊を経験した人が多いって聞いた。それが、何らかの事情を経て民間の護衛会社にいる。彼らは自分の仕事に誇りを持っている。それを『申し訳ない』って思うのは失礼なんだ。むしろお給料をもらうために、〝私は守られないといけない〟)
守られる事への罪悪感は、すぐには消えないものの、納得はできた。
(斎藤さんも同じだ。『ご家庭があるから仕事を増やしたらいけない』って思ってたけど、変な遠慮で仕事を奪ったら駄目なんだ。作ってないと私の料理の腕が落ちるから、できる時はしたい。でも疲れた日まで頑張ろうとしなくていい。そういう時は頼っていいんだ)
意地を張っていたとも言える感情が、ゆっくり解けていく。
『香澄は真面目だな』
何度も佑に言われた言葉が、胸に蘇る。
「……私、ずっと親に『自分の事は自分で』って言われていたんです。だから忙しくてもなるべく自炊しようとしたし、人に迷惑を掛けないように生きてきました。……けど、その考え方が甘えづらい性格を作ったのかもしれません。佑さんに『頼っていいよ』って言われても、頼り慣れてない私は戸惑ってばかりで……。護衛の方にも、家政婦さんにも、同じ感情を抱いていました」
胸の内を吐露した香澄の頭を、マリアが撫でる。
本日、香澄のリアル誕生日です(笑)
なんという事はないんですが、世界のどこかで盛大なお祝いがされていると思うと愉快です(笑)
「……そうですね」
「でもね、私はルカの隣にいるってもう決めたわ」
マリアはキッパリと言い切り、誇らしげに笑う。
「靴職人はやめないけど、今までより靴に向き合う時間が減ると思う。でも私はルカの隣で、彼を支える人生を歩むと決めた。何かを得るには、何かを失う覚悟が必要だわ。今までの私は人生の六割以上を靴に向けてきた。残りが恋愛や家族に友達と、それ以外の趣味や旅行かしら」
「仕事は違いますが、私も似たような感じです」
返事をした香澄に、マリアは笑いかける。
「でも考えてみて? それで自分のキャパシティは満たされていたでしょう? これからはそれに加えて夫になる人とその家族、彼の家や家業、生まれてくる子供も加わってくるわ。普通に考えたらキャパオーバーよ。……だから、今までの自分の生き方を少し削る必要がある。……私はそれが結婚する覚悟と思っているわ」
「あ……」
とん、と心の中に何かが落ち、マリアの言葉が心に響く。
(そっか……。私、今までの自分を変えずに、さらに佑さんっていう、化け物並みの存在を抱え込もうとしてたんだ。そんなの、うまくいくはずがない。覚悟が足りないとかじゃなくて、根本的な勘違いをしてたんだ)
ずっと心の奥にあったモヤモヤが、パッと晴れた気がした。
「……私、自分を変えないで佑さんと結婚しようと思っていました」
呆然としたまま呟くと、マリアがにっこり笑う。
「それ、ちょっと前の私と同じよ。どんなに環境が変わってもルカは『僕が守る』って言ってくれたし、信じていた。それでも『うまくいきっこない』と思っていた。私は青いタイルの上を歩いていて、ルカと結婚すればその道に赤いタイルが加わり紫になる。なのに私は、必死に紫の中から青いタイルを探そうとしていたの」
「色が変わると戸惑いますけど、……きっと、もっと華やかに豊かになりますね」
「そうよ」
明るく笑ったマリアは、香澄の肩を揉む。
「私は香澄さんの事を詳しく知らないけど、きっと大事なものや譲れないものがあると思うの。私の譲れないものは、週に一回はバーに行きたいとか、朝は絶対チャイを飲みたいとか。チャイについては、ルカと大喧嘩したわね。『君はそれでもイタリア人か!』って言われたわ」
イタリア人らしい喧嘩に、香澄は思わず笑う。
「ふふふ、確かに! 私は、んー……。護衛に守られる生活とか、家事を誰かにしてもらう事を〝当たり前〟と思う生活に戸惑っています。頭では理解しているんですが、『私にこんな事をしてもらう価値があるんだろうか?』って思ってしまうんです。譲れないものというより、一般人の感覚を捨てきれない感じ……です」
苦笑いすると、マリアは目と口を大きく開いてコクコクと頷く。
「ああ! それよーく分かるわ! いつも工房の前でボディガードが、新聞読んだりエスプレッソ飲んだりして見張ってるのよ。フィオーレ社の重役の婚約者だから、誘拐されれば大変な事になるって分かってるの。でも落ち着かないわよね! すっごい分かる!」
マリアは香澄の両手をギューッと握り、何度も頷いて理解を示す。
両足をトタトタと踏みならし、異様なほどに同感している。
「でもね! 慣れよ、慣れ! だってそれが彼らの仕事だもの。私を見張ってお金をもらっているの。それに、他人の仕事に第三者が余計な感情を持つのは良くないわ。『邪魔よ』って言っても、彼らは仕事として私を見張るし、有事の時には私を庇う。彼らが選択した職業が護衛よ。だから私は、本当に邪魔だけど、敬意を持って彼らを〝いない者〟として無視するわ」
遠慮なく言うマリアの言葉を聞き、香澄はしばしポカンとする。
けれど次第に、じわりとその意味を理解していく。
(護衛は警察や自衛隊、海外の軍隊を経験した人が多いって聞いた。それが、何らかの事情を経て民間の護衛会社にいる。彼らは自分の仕事に誇りを持っている。それを『申し訳ない』って思うのは失礼なんだ。むしろお給料をもらうために、〝私は守られないといけない〟)
守られる事への罪悪感は、すぐには消えないものの、納得はできた。
(斎藤さんも同じだ。『ご家庭があるから仕事を増やしたらいけない』って思ってたけど、変な遠慮で仕事を奪ったら駄目なんだ。作ってないと私の料理の腕が落ちるから、できる時はしたい。でも疲れた日まで頑張ろうとしなくていい。そういう時は頼っていいんだ)
意地を張っていたとも言える感情が、ゆっくり解けていく。
『香澄は真面目だな』
何度も佑に言われた言葉が、胸に蘇る。
「……私、ずっと親に『自分の事は自分で』って言われていたんです。だから忙しくてもなるべく自炊しようとしたし、人に迷惑を掛けないように生きてきました。……けど、その考え方が甘えづらい性格を作ったのかもしれません。佑さんに『頼っていいよ』って言われても、頼り慣れてない私は戸惑ってばかりで……。護衛の方にも、家政婦さんにも、同じ感情を抱いていました」
胸の内を吐露した香澄の頭を、マリアが撫でる。
本日、香澄のリアル誕生日です(笑)
なんという事はないんですが、世界のどこかで盛大なお祝いがされていると思うと愉快です(笑)
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