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第十三部・イタリア 編

ティラミスとコーヒー

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 さすがエスプレッソの国と言うべきか、スポンジに染みこんだコーヒーのコクがある。

 その上、マスカルポーネチーズの濃厚さがコーヒーの風味に負けずに重なり、得も言われぬハーモニーを生み出している。

「おいしい、おいしい」

 こんなに美味しいティラミスに出会ったことはなく、香澄は夢中になってスプーンを動かす。
 多めに盛り付けたはずなのに、あっという間に皿が空になってしまった。

「あぁー……」

 感動した香澄はビールを飲んだあとのおじさんのような声を出し、「おいしかったぁ……」としみじみと呟く。

 そんな彼女の様子を見て、佑は声もなく笑っている。

「コーヒー飲む?」

「うん」

 佑の問いかけに頷くと、彼はキッチンに向かった。

 そして道具を確認すると、コーヒーポットにミネラルウォーターを入れて火に掛ける。
 勿論マキネッタもあるのだが、普通のドリップコーヒーの用意がされているのは客を気遣ってだろう。

「佑さんのコーヒー飲むの、久しぶりだな」

 香澄はシンクで皿を洗う。
 佑がコーヒーを淹れてくれるのもそうだが、こういう風にキッチンに並ぶのは久しぶりだ。

「帰国して落ち着いたら、香澄が作ってくれた飯が食いたいな」

「初めて一緒に作ったの、お雑煮だっけ」

「はは、そうだ。餅は正義だよな」

「ねぇ、男の人ってハンバーグ、唐揚げ、カレー、オムライスが好きだって言うけど本当?」

「……好きだな」

 まことしやかに言われている事を聞いてみたが、佑は神妙な顔をして頷く。

「ていうか、嫌いな人いないんじゃないか?」

 ごく当たり前に聞いてくるので、香澄はもっと〝御劔佑〟らしい答えを欲しがる。

「世界中の高級料理を食べてるのに? もっとこう、トリュフ! とかキャビア! とか」

「寿司も好きだけど、ラーメンも好きだし、なんならコンビニおにぎりも好きだし」

 その返事を聞いて、香澄は苦笑いした。

「お金持ちって一周回ってコンビニおにぎりになるのかな? アロイスさんとクラウスさんも、コンビニですごく楽しそうだったなぁ」

 双子が突撃してきた時、コンビニで食べ物を一通り買って、二人でキャッキャとしていたのを思いだす。

 ティラミスを食べた皿を洗い終わり手を拭くと、香澄はマグカップを出してキッチン台の上に置き、スツールに腰掛けた。

「ローマで何をしたい?」

 不意に尋ねられ、香澄は「んー」と考える。

 しばらく考え込んでから、ぽつんと呟いた。

「……本音を言ってもいい?」

「もちろん」

 沸騰する寸前で火をとめ、佑はコーヒーをドリップしていく。

「イタリアって来た事がないし、観光したい。……でも、また今度のお楽しみでいいかな? って思ってる。……ごめんね。とっても高級なホテルに連泊させてもらってるのに、どうしても長旅の疲れが出ちゃってる。あちこち歩き回るより、のんびりしてたいかな」

 コーヒーのいい香りがし、香澄は深く息を吸ってコーヒーアロマを堪能する。

「……疲れた?」

「ごめんね。もっと体力つける」

「いや、そうじゃない。気づけなくてごめん。……そうだよな。普通、ツアー旅行でも八日から十日、長くて二週間ぐらいだ。いきなり時差が激しいヨーロッパに連れてきて、あれこれ連れ回して疲れない訳がないよな」

 佑がまた反省会を始める。
 だから慌てて感謝を伝えた。

「私、ツアー旅行でもヨーロッパは来た事ないけどね。今回スペインとパリを楽しませてもらったから、残りはまた今度。贅沢な我が儘を言ってごめんね? つれて来てくれた事には、本当に感謝してるの」

「ん、分かった。コーヒー、牛乳入れるよな?」

「うん」

 香澄はコーヒーを飲む時は、いつも無糖に牛乳だ。
 もう一度スゥッと香りを吸い込み、目の前で佑が牛乳を注ぐのを見守る。

「どうぞ」

「ありがとう」

 マグカップを受け取ったあと、また二人でソファに座り、くっつきあってコーヒーを飲む。
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