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第十三部・イタリア 編

エスプレッソとビスコッティ

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「お城……? ここ、お城?」

 この屋敷がルカたちの家でなければ、思わずスマホを構えていたところだ。
 そんな香澄を、佑が微笑ましく見る。

「ヨーロッパの名家生まれだと、屋敷も昔のままっていうのがほとんどだな。多少改装はしているだろうけど、伝統を重んじる人がほとんどだから。クラウザーの城もなかなかだったろ?」

「うん」

 会話をしながらも、フィオーレ家はどこを見ても美しくて、思わずじっくりと見入ってしまう。

『カスミさん、あとで好きなだけ見学してちょうだい。まずは私の淹れたエスプレッソを飲んでほしいわ』

 しかしカロリーヌに話し掛けられ、『はい』と真っ赤になってリビングに向かった。
 リビングもやはり嘘のように広く、家具はお城に置かれているような優美なデザインだ。

(このリビングで、テレビを見ながらゴロゴロってできないなぁ……)

 庶民代表の香澄はついそんな事を思い、失礼にならない程度に周りを見る。
 ソファに腰かけると、ルカが話しかけてきた。

『タスク、カスミ。オーダーを取るよ。カスミはやっぱりカプチーノがいいかな? タスクの好みは? リストレット? エスプレッソ? ルンゴ? アメリカーノ?』

 知らない単語がポンポンと出てきて、香澄はきょとんと目を瞬かせる。

『わ、私はよく分からないのでカプチーノでお願いします。 リストレット……? とかって何ですか? ……すみません。本場に来たのに物知らずで』

 しょぼん……と謝ると、パオラが「ノ、ノ、ノ」と首を横に振る。

「カスミ、ダメ、スミマセン」

 片言の日本語で言われ、香澄はハッと手で口元を押さえる。
 アロイスとクラウスをはじめ、日本人以外の人と接して感じるが、よく「必要以上に謝るな」と言われてしまう。

『知らない事は〝知らないから教えて〟でいいのよ。イタリアではコーヒー……〝カフェ〟という言葉に色んな意味があるのよ。イタリア人はエスプレッソにこだわりがあるの』

『はい』

 パオラが親切に教えてくれ、香澄はコクコクと頷いて真剣に聞く。

『リストレットは一般的なエスプレッソより量の少ない、とっても濃厚なエスプレッソよ。ルンゴは少し薄めたものね。アメリカーノはもっと薄められたエスプレッソ。でもこれは日本で飲まれてるドリップコーヒーのアメリカンとは違って、あくまでエスプレッソを薄めた物なのよ』

『ほおお……。ありがとうございます。奥が深いんですね』

 お礼を言うと、パオラがウインクをする。

『その他にも、ミルクの泡を入れたカフェマキアートに、ホイップクリームをのせたコンパンネ、チョコレートを加えたマロチーノ。アイスコーヒーはシェケラートって呼ばれているわ。ちなみにアイスコーヒーは日本生まれね。イタリア人は氷で薄まるのを嫌うから、日本みたいにコールドドリンクではなくて温い物になるわ』

『ええっ!? まさかの日本生まれ!』

 衝撃の事実を知らされ、香澄は少し情けなくなる。
 他国に行くたびに、自国への無知さを晒している気がする。

『まあ、自分の国の事ってそんなものかな』

 ルカが笑ってフォローしてくれるが、香澄はもう少し自国について勉強しようと思うのだった。

『ありがとうございます……!』

 色々と知れてホクホクしている香澄に、ルカが呆れた顔で謝ってくる。

『カスミ、ごめんね? うちの妹はめっちゃくちゃこだわりが強くて、友達ともカフェ談義をするような奴なんだ』

『いいえ! 知識が曖昧だったので教えてもらえて嬉しいです! ありがとうございます、パオラさん』

 お礼を言うと、パオラはにっこり笑う。

『で、君たち二人のオーダーは? うちのノンナのエスプレッソは美味しいよ』

 そこで話題が最初に戻り、佑が苦笑しつつ『じゃあ俺は普通のエスプレッソで』と言い、香澄は予定通りカプチーノにした。





 やがて飲み物とテーブルにはビスコッティが運ばれ、それをつまみながらの会話となる。

 ビスコッティは現地で『カントゥッチ』とも言われる、イタリア中部の伝統菓子だ。
もう一度ビス』『焼くコッティ』と言う通り、棒状に伸ばして焼いた物を温かいうちにカットし、もう一度焼く製法だ。

 イタリア人はエスプレッソに大量の砂糖を入れて飲むが、カップの底に残った砂糖をビスコッティですくって食べたり、浸して食べるらしい。それゆえの硬さのようだ。

『両親と姉は仕事だから、夜になったら集まるよ』

『ルカさんのお仕事は大丈夫ですか? マルコさんも会長さんですよね?』

『僕は大事な友人を迎えるためだから、休みを取ったよ! ノンノも同じ!』

 堂々と「友達と会うために休んだ」と言われ、つい笑ってしまう。
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