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第十三部・イタリア 編

第十三部・序章 ルカとカデンツァ

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 ローマ市内からおよそ三十キロ離れた海沿いにある、フィウミチーノ空港に降り立った佑と香澄は、事前にルカから連絡を受けて教えられた車止めに向かった。

 そこにはいかにもフィオーレ社の車! という真っ赤なスポーツカーがあり、サングラスを掛けたルカが『久しぶり!』と手を振っていた。

『カスミ!』

 ルカの笑顔は変わっていない。

『ルカさ――』

 香澄は彼に駆け寄ろうとし――、ドンッと押し倒されて尻餅をつきかけた。

「おっと」

 とっさに佑が支えてくれて尻餅は回避できたが、のし掛かってきた〝彼〟の勢いは止まらない。
 フンフンフンフンと匂いを嗅がれまくったあと、ベロベロと顔中を舐め回される。

「んふふふふ……あはははははは……っ!!」

『カデンツァ!』

 だがルカに呼ばれて、〝彼〟――カデンツァはパッと香澄から離れると一目散に主のもとへ駆けていった。

「香澄、大丈夫か?」

「うん、平気。あはは! すっごい熱烈歓迎だったぁ」

 香澄に〝挨拶〟をしたのは、ルカの愛犬である三歳のゴールデンレトリバーのカデンツァだ。

『カスミ、ごめんね。怪我はなかった?』

『平気です。ルカさん、改めましてお久しぶりです』

 握手の手を差し出すと、ルカはしっかり握手したあとに軽くハグをしてきた。
 チークキスは佑がいる手前、しない方針のようだ。

『タスクも』

 ルカが手を差しだし、佑もしっかりと握手をした。

 後ろでは河野たちが車に荷物を詰めていた。
 それを見たあとにルカが提案してくる。

『どうせだから僕の車に乗っていきなよ。お喋りしながら僕らの家に行こう。パパやマンマ、ノンノにノンナ。ソレッラとソレリーナも待ってるよ』

 つまるところ、両親にマルコたち祖父母、姉と妹という事だ。

 それを聞き、佑が河野に声を掛けた。

「すまないが俺たちはルカの車に同乗する。後ろからついてきてくれるか?」

「畏まりました。マップがあるとはいえ不慣れな地ですので、あまりスピードを出さないようお願い致します」

「分かった」

 二人が会話をしている間、香澄は大人しくおすわりをして尻尾をバサバサ振っているカデンツァを撫でている。

『元気そうで良かったよ。タスクとはすっかり仲直りしたみたいだね?』

『お陰様で。ルカさんはその後、ほっぺどうですか?』

『大丈夫だよ。カスミこそ痣はもう綺麗になくなったみたいだね?』

 ルカが覗き込むようにして香澄の頬を見て、心から安堵して笑顔をみせる。

 一瞬ニセコでの日々や、和也や真奈美の事を思い出して心に影が差したが、香澄は小さく首を振ってそれを追い払う。

『最初はファンデーションで一生懸命隠していましたが、今は大丈夫です!』

『可愛いカスミの顔に痣は本当に似合わなかったから、治って良かったよ。タスクは一緒にいて、DVの容疑を掛けられなかったかい?』

 ルカの冗談を聞いて、佑がクワッと目を見開く。

 ――のを、香澄は背中を向けているので見えていない。

『ウソウソ、冗談だよ。さ、あんまり車を停めていられないし、さっさと行こうか』

 ルカは後部座席のドアを開くと、香澄に『どうぞ、お嬢様』と勧めてくれる。

『ありがとうございます』

 礼を言って車に乗り込むと、高級そうな内装に「うわぁ……」と溜め息が漏れる。
 クラウザー社の車に慣れた頃合いだが、やはり世界的な高級車となると驚きが強い。

 香澄はあまり車に詳しくないが、金持ちの車の代名詞であるフィオーレと言えばさすがに知っている。

 佑も隣に乗り、カデンツァは助手席だ。

『じゃあ、出すよ。シートベルトしてね』

 車の中では相変わらずロック音楽がかかっていて、香澄は彼がニセコでドライブに連れて行ってくれた事を思いだし、笑顔になる。

『犬を複数匹飼っていると言ったが、カデンツァは代表か?』

『そう! 他の子も連れてきたかったけど、タスクとカスミが乗る場所がなくなっちゃうから』

 カデンツァは大人しく助手席にいるが、後ろ向きに座っているので気にしているのが丸わかりだ。
 ハッハッと舌を出し、キラキラとした目を向けてくるのが可愛くて堪らない。

 チラッと佑を見ると、いつもより前のめりになってカデンツァを見ている。
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