761 / 1,544
第十二部・パリ 編
彼の大切なうさぎ
しおりを挟む
香澄は色んな事を「仕方ない」と言って諦め、「平和が一番」と言って自分の主張は引っ込めてしまう。
誰かの幸せのためなら、自分が犠牲になっても構わないと思っている。
(そんな事、俺が許すものか。香澄の人生は俺がもらい受けた。なら、夫になる俺が幸せを約束するのが筋だろう)
香澄を誰よりも愛している。
もう、理由も付き合った時間も、何も関係ない。
自分にはこの女性しかいないと本能が理解している。
独善的な思考かもしれないし、会社では公私混同しないと言いつつ、立場的に特別扱いしているのを自覚している。
だが香澄がChief Every以外の会社で働くなど許せないし、自分の知らない場所で知らない時間の過ごし方をしているのも許せない。
(……結局、俺が香澄の運命を決めてしまっている。彼女が嫌がろうと不安になっても、手の届く距離において囲おうとしている。……不安なのは理解するけど、もう逃がしてやる事もできない。どれだけ優しくして理解のあるふりをしても、俺は結局、香澄を手放すなんて考えられない)
本当に、うさぎを拾って可愛がり、広い箱庭に離し飼いをしている気持ちになる。
うさぎは自分は自由の身なのだと思い込み、箱庭の中であれこれ可愛らしく悩んでいる。
望めば、箱庭のドアが開いてうさぎの行きたい場所に繋がる。
だがそのドアの先も、佑が用意した環境だ。
うさぎの故郷に行っても、外国になっても、佑の知り合いが監視する箱庭でうさぎは生活し、自由を謳歌してまたホームの箱庭に戻って来る。
佑という飼い主が見守っている限り、うさぎは絶対的に安全なのだ。
見守っていたのに、友人がうさぎに酷い事をしようとしたり、無許可で連れていかれた失態もあった。
佑の大事なうさぎは薬漬けにされ、知らない男たちに滅茶苦茶にされようとしていた。
何度思いだしても、涙と吐き気がこみ上げる醜悪な場面だった。
だからこそ、佑は本気で箱庭の外側に頑丈な檻を作りたいと思っている。
うさぎは従順だから、佑がそう望んでいると知れば大人しく檻の中にいるだろう。
だがうさぎが思っていた〝自由〟が作られたものだと知れば、今までのように生き生きとした姿を見せてくれないかもしれない。
(できるだけ、自由にさせてあげたいんだけどな……)
昨晩だって飼い主の精神状態が不安定だったので、力任せにうさぎを抱き締めて驚かせてしまったようなものだ。
(心身共に健康でいてほしいなら、まず俺が落ち着かないと。彼女に謝らせ、責任を感じさせては駄目だ。『思いだせなくてごめんね』なんて謝られたくない。それに、思いだされるのは一番最悪のパターンだ。香澄には悪いが、忘れたまま〝楽しい現実〟だけ見てほしい)
香澄が見ているものを同じ目線で見たいと思っても、佑には佑の人生があり、彼なりの価値観、考え方がある。
(苦労のない、用意された道を歩くのが嫌なんだろうな。地に足の着いた生活を送って、『大変』と言いながら、充実した毎日を送るのを求めているんだろうし)
佑の知る一般人は、『働きたくない』『お金がほしい』と常に言っている。
金持ちと結婚すれば、働く気が失せるのが普通なのでは……と思っていた。
楽をしてほしい、自分の言う通りにしてほしいと思うのに、香澄のまじめさや謙虚さを見せられると「好きだなぁ」と思ってしまう。
結局、思うようにならない頑固な面も、ひっくるめて好きなのだ。
(帰国して香澄が復帰したら、秘書として働いてもらおう。俺から離れず仕事してもらう事だって可能だ。松井さんも河野も、そこは分かってくれるだろう。ただ可愛がるだけじゃなくて、うまく掌で転がして充実感を与えられる男にならないと。そうなったら、仕事終わりの酒がもっと楽しくなりそうだ)
「よし、そうしよう」と思った頃、腕の中で香澄がモゾモゾし始めた。
佑の胸板に顔をぎゅうぎゅう押しつけ、額をグリグリ擦りつけてから、「んー……」と唸る。
(……なんの夢みてるのかな。俺の夢だといいんだけど)
――と思っていたら、大きく口を開いてガプッと佑の胸板に齧り付いてきた。
「っいた!」
「……えぇ?」
佑がつい悲鳴を上げると、香澄がねぼけた声をだして目覚める。
香澄はしょぼしょぼと瞬きをしてぼんやりし、目の前にある歯形を見て――一気に目が覚めたようだった。
「え? ……え、ごめ……。ごめんね? もしかして私、囓った?」
「ふ、ふふ……。いいけど。何の夢みてたんだ?」
佑は笑いながら、香澄の口の端に垂れていた涎を指で拭う。
「……なんだっけ。何か美味しい夢」
自分が延々と悩んでいるあいだに、この婚約者は何とも平和な夢を見ていた。
佑はくつくつと笑い、香澄をギュッと抱き締めた。
誰かの幸せのためなら、自分が犠牲になっても構わないと思っている。
(そんな事、俺が許すものか。香澄の人生は俺がもらい受けた。なら、夫になる俺が幸せを約束するのが筋だろう)
香澄を誰よりも愛している。
もう、理由も付き合った時間も、何も関係ない。
自分にはこの女性しかいないと本能が理解している。
独善的な思考かもしれないし、会社では公私混同しないと言いつつ、立場的に特別扱いしているのを自覚している。
だが香澄がChief Every以外の会社で働くなど許せないし、自分の知らない場所で知らない時間の過ごし方をしているのも許せない。
(……結局、俺が香澄の運命を決めてしまっている。彼女が嫌がろうと不安になっても、手の届く距離において囲おうとしている。……不安なのは理解するけど、もう逃がしてやる事もできない。どれだけ優しくして理解のあるふりをしても、俺は結局、香澄を手放すなんて考えられない)
本当に、うさぎを拾って可愛がり、広い箱庭に離し飼いをしている気持ちになる。
うさぎは自分は自由の身なのだと思い込み、箱庭の中であれこれ可愛らしく悩んでいる。
望めば、箱庭のドアが開いてうさぎの行きたい場所に繋がる。
だがそのドアの先も、佑が用意した環境だ。
うさぎの故郷に行っても、外国になっても、佑の知り合いが監視する箱庭でうさぎは生活し、自由を謳歌してまたホームの箱庭に戻って来る。
佑という飼い主が見守っている限り、うさぎは絶対的に安全なのだ。
見守っていたのに、友人がうさぎに酷い事をしようとしたり、無許可で連れていかれた失態もあった。
佑の大事なうさぎは薬漬けにされ、知らない男たちに滅茶苦茶にされようとしていた。
何度思いだしても、涙と吐き気がこみ上げる醜悪な場面だった。
だからこそ、佑は本気で箱庭の外側に頑丈な檻を作りたいと思っている。
うさぎは従順だから、佑がそう望んでいると知れば大人しく檻の中にいるだろう。
だがうさぎが思っていた〝自由〟が作られたものだと知れば、今までのように生き生きとした姿を見せてくれないかもしれない。
(できるだけ、自由にさせてあげたいんだけどな……)
昨晩だって飼い主の精神状態が不安定だったので、力任せにうさぎを抱き締めて驚かせてしまったようなものだ。
(心身共に健康でいてほしいなら、まず俺が落ち着かないと。彼女に謝らせ、責任を感じさせては駄目だ。『思いだせなくてごめんね』なんて謝られたくない。それに、思いだされるのは一番最悪のパターンだ。香澄には悪いが、忘れたまま〝楽しい現実〟だけ見てほしい)
香澄が見ているものを同じ目線で見たいと思っても、佑には佑の人生があり、彼なりの価値観、考え方がある。
(苦労のない、用意された道を歩くのが嫌なんだろうな。地に足の着いた生活を送って、『大変』と言いながら、充実した毎日を送るのを求めているんだろうし)
佑の知る一般人は、『働きたくない』『お金がほしい』と常に言っている。
金持ちと結婚すれば、働く気が失せるのが普通なのでは……と思っていた。
楽をしてほしい、自分の言う通りにしてほしいと思うのに、香澄のまじめさや謙虚さを見せられると「好きだなぁ」と思ってしまう。
結局、思うようにならない頑固な面も、ひっくるめて好きなのだ。
(帰国して香澄が復帰したら、秘書として働いてもらおう。俺から離れず仕事してもらう事だって可能だ。松井さんも河野も、そこは分かってくれるだろう。ただ可愛がるだけじゃなくて、うまく掌で転がして充実感を与えられる男にならないと。そうなったら、仕事終わりの酒がもっと楽しくなりそうだ)
「よし、そうしよう」と思った頃、腕の中で香澄がモゾモゾし始めた。
佑の胸板に顔をぎゅうぎゅう押しつけ、額をグリグリ擦りつけてから、「んー……」と唸る。
(……なんの夢みてるのかな。俺の夢だといいんだけど)
――と思っていたら、大きく口を開いてガプッと佑の胸板に齧り付いてきた。
「っいた!」
「……えぇ?」
佑がつい悲鳴を上げると、香澄がねぼけた声をだして目覚める。
香澄はしょぼしょぼと瞬きをしてぼんやりし、目の前にある歯形を見て――一気に目が覚めたようだった。
「え? ……え、ごめ……。ごめんね? もしかして私、囓った?」
「ふ、ふふ……。いいけど。何の夢みてたんだ?」
佑は笑いながら、香澄の口の端に垂れていた涎を指で拭う。
「……なんだっけ。何か美味しい夢」
自分が延々と悩んでいるあいだに、この婚約者は何とも平和な夢を見ていた。
佑はくつくつと笑い、香澄をギュッと抱き締めた。
22
お気に入りに追加
2,509
あなたにおすすめの小説
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
若妻シリーズ
笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。
気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。
乳首責め/クリ責め/潮吹き
※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様
※使用画像/SplitShire様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる