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第十二部・パリ 編

彼の大切なうさぎ

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 香澄は色んな事を「仕方ない」と言って諦め、「平和が一番」と言って自分の主張は引っ込めてしまう。

 誰かの幸せのためなら、自分が犠牲になっても構わないと思っている。

(そんな事、俺が許すものか。香澄の人生は俺がもらい受けた。なら、夫になる俺が幸せを約束するのが筋だろう)

 香澄を誰よりも愛している。

 もう、理由も付き合った時間も、何も関係ない。

 自分にはこの女性しかいないと本能が理解している。

 独善的な思考かもしれないし、会社では公私混同しないと言いつつ、立場的に特別扱いしているのを自覚している。

 だが香澄がChief Every以外の会社で働くなど許せないし、自分の知らない場所で知らない時間の過ごし方をしているのも許せない。

(……結局、俺が香澄の運命を決めてしまっている。彼女が嫌がろうと不安になっても、手の届く距離において囲おうとしている。……不安なのは理解するけど、もう逃がしてやる事もできない。どれだけ優しくして理解のあるふりをしても、俺は結局、香澄を手放すなんて考えられない)

 本当に、うさぎを拾って可愛がり、広い箱庭に離し飼いをしている気持ちになる。

 うさぎは自分は自由の身なのだと思い込み、箱庭の中であれこれ可愛らしく悩んでいる。

 望めば、箱庭のドアが開いてうさぎの行きたい場所に繋がる。

 だがそのドアの先も、佑が用意した環境だ。

 うさぎの故郷に行っても、外国になっても、佑の知り合いが監視する箱庭でうさぎは生活し、自由を謳歌してまたホームの箱庭に戻って来る。

 佑という飼い主が見守っている限り、うさぎは絶対的に安全なのだ。

 見守っていたのに、友人がうさぎに酷い事をしようとしたり、無許可で連れていかれた失態もあった。
 佑の大事なうさぎは薬漬けにされ、知らない男たちに滅茶苦茶にされようとしていた。

 何度思いだしても、涙と吐き気がこみ上げる醜悪な場面だった。

 だからこそ、佑は本気で箱庭の外側に頑丈な檻を作りたいと思っている。

 うさぎは従順だから、佑がそう望んでいると知れば大人しく檻の中にいるだろう。

 だがうさぎが思っていた〝自由〟が作られたものだと知れば、今までのように生き生きとした姿を見せてくれないかもしれない。

(できるだけ、自由にさせてあげたいんだけどな……)

 昨晩だって飼い主の精神状態が不安定だったので、力任せにうさぎを抱き締めて驚かせてしまったようなものだ。

(心身共に健康でいてほしいなら、まず俺が落ち着かないと。彼女に謝らせ、責任を感じさせては駄目だ。『思いだせなくてごめんね』なんて謝られたくない。それに、思いだされるのは一番最悪のパターンだ。香澄には悪いが、忘れたまま〝楽しい現実〟だけ見てほしい)

 香澄が見ているものを同じ目線で見たいと思っても、佑には佑の人生があり、彼なりの価値観、考え方がある。

(苦労のない、用意された道を歩くのが嫌なんだろうな。地に足の着いた生活を送って、『大変』と言いながら、充実した毎日を送るのを求めているんだろうし)

 佑の知る一般人は、『働きたくない』『お金がほしい』と常に言っている。

 金持ちと結婚すれば、働く気が失せるのが普通なのでは……と思っていた。

 楽をしてほしい、自分の言う通りにしてほしいと思うのに、香澄のまじめさや謙虚さを見せられると「好きだなぁ」と思ってしまう。

 結局、思うようにならない頑固な面も、ひっくるめて好きなのだ。

(帰国して香澄が復帰したら、秘書として働いてもらおう。俺から離れず仕事してもらう事だって可能だ。松井さんも河野も、そこは分かってくれるだろう。ただ可愛がるだけじゃなくて、うまく掌で転がして充実感を与えられる男にならないと。そうなったら、仕事終わりの酒がもっと楽しくなりそうだ)

「よし、そうしよう」と思った頃、腕の中で香澄がモゾモゾし始めた。

 佑の胸板に顔をぎゅうぎゅう押しつけ、額をグリグリ擦りつけてから、「んー……」と唸る。

(……なんの夢みてるのかな。俺の夢だといいんだけど)

 ――と思っていたら、大きく口を開いてガプッと佑の胸板に齧り付いてきた。

「っいた!」

「……えぇ?」

 佑がつい悲鳴を上げると、香澄がねぼけた声をだして目覚める。

 香澄はしょぼしょぼと瞬きをしてぼんやりし、目の前にある歯形を見て――一気に目が覚めたようだった。

「え? ……え、ごめ……。ごめんね? もしかして私、囓った?」

「ふ、ふふ……。いいけど。何の夢みてたんだ?」

 佑は笑いながら、香澄の口の端に垂れていた涎を指で拭う。

「……なんだっけ。何か美味しい夢」

 自分が延々と悩んでいるあいだに、この婚約者は何とも平和な夢を見ていた。

 佑はくつくつと笑い、香澄をギュッと抱き締めた。
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