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第十二部・パリ 編

凱旋門

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 ホテルを出たあと、徒歩で凱旋門、エッフェル塔を見て、またホテルに戻る事にした。

 目的地を通過するだけでも二時間はかかるので、合間にランチをし、店を覗けばうまく一日が経つだろう。

 なお例のオーバードの本店は、ホテルの目と鼻の先にあっていつでも行ける。
 とはいえ、佑の事なのでぬかりなく来店すると告げているのだろう。

 そして歩きながら、遠くに凱旋門が見える所まで来ている。

「でっかい! なんか巨人のお風呂椅子みたいだね」

 ありがたみのない感想に、佑がぶふっと噴きだす。

 凱旋門の周囲はラウンドアバウトになっていて、車が円を描くように走っているのが見えた。

「あそこ、すっごい車がビュンビュン走ってるけど、近くまで行けるの? まさかベトナムとかみたいに、車が走っている間を突っ切っていかないよね?」

 昔、麻衣と一緒にベトナムに行った。

 信号がほぼない車道をバイクや車がびっちりと走っていて、轢かれそうなスリルを味わいながら、ゆっくり横断した記憶がある。

 ベトナムでの交通量の多さは佑も分かっていて、思わず彼は笑った。

「さすがに違うよ。少し離れた場所に地下への階段があって、入場チケットを買ってまた地上に上がるスタイルなんだ」

「なるほど」

 遠くに見える凱旋門を撮影し、香澄は「納得の造り」と呟く。

 そのあと、件の階段まで向かうのだが、佑はまるでホームタウンのように歩き、地図アプリを確認する姿もない。

「佑さん凄いね。どこの都市に行っても現地の人みたい。私なんて東京でもまだまだ迷うのに」

「パリは何回も来ているし、この辺も慣れているんだ」

「うーん。それがまた凄い……」

 佑は「凄くないよ」と笑う。
 しかしパリに溶け込んでいる佑は、間違いなく〝こなれた人〟だ。

(私はおっかなびっくりしてて、観光客丸出しだもんなぁ)

 その後、地下に潜ってチケットを買い、再び階段を上ると目の前に凱旋門がそびえるのを目にする。

「すごぉい……」

 サグラダファミリアを見た時も凄い建築物だと思ったが、こちらも負けていない。

「凱旋門って……戦いに勝ったっていう事だよね?」
「そう。フランス軍が、オーストリアとロシアの連合軍に勝利した記念に作られた門だよ」

「でもこんな立派な門、凱旋してすぐにくぐれた訳じゃないんでしょ?」

「ああ、建設するのに三十年かかったと言われているよ。戦いに勝った〝記念〟の門なんだ」

「そっか。記念ね……」

「これはエトワール凱旋門っていう名前だ。エトワール……〝星〟の広場は、名前の通りにストリートが放射状に広がっている。最初は五本だったけど、今は通りの本数が増えたし、広場の名前もシャルル・ド・ゴール広場となっている」

「シャルル・ド・ゴールって空港と同じ名前だよね? それも誰かの名前?」

「フランス陸軍の軍人の名前だよ。大統領も務めた事のある人で、パリをナチス・ドイツから解放した事で讃えられている」

「ふぅん……」

 見上げた門は壮大で、ナポレオンの夢が詰まっている気がする。

「で、ナポレオンはこの門ができあがってくぐれたの?」
「いや。完成する前に流刑になって、セント・ヘレナ島で亡くなってる」

「あらー」

 香澄は思わずマダムのような相槌を打ってしまう。

「向かって左の彫刻は、勝利の女神に月桂樹を与えられているナポレオンだ」

「ローリエね」

「そう、それ。香澄が作る煮込みは美味しい」

 佑はクスッと笑ってから、説明を続ける。

「右上の彫刻は、『マルソー将軍の葬儀』。マルソー将軍はオーストリア軍を破った英雄だけど、戦死してしまった人だ。右下は『ラ・マルセイエーズ』」

「あれ? それ聞いた事ある」

「フランス国歌だよ」

「ああーっ! なるほど!」

 大きく納得したあと、香澄はケラケラ笑いだす。

「私、響きが似てるから、つい『浜梨亭』のマルセイバターサンド思い出しちゃった」

 北海道の菓子ブランドの話題になり、佑も相好を崩す。

「確かに似てるな。あれはどういう意味なんだろう?」

「あれは会社の名前みたい。十勝発祥の会社なんだけど、『大器晩成社』の晩成の『成』をマルで囲んでマルセイ」

「ふぅん。一つ賢くなった」

 顔を見合わせて笑い、今度は裏側から見ると、『抵抗』と『平和』の彫刻があった。
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