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第十二部・パリ 編

因果応報

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 本来ならフランクを断罪して、スッキリして香澄のもとに帰るつもりだった。

 だからこそ、彼の告白を聞いて心底「やめてくれ」と思っていた。

(こいつを許したらいけない。俺と香澄の今後の生活のためにも、絶対に許したら駄目なんだ)

 迷いを見せる自分に言い聞かせ、佑は拳を握り目の奥に力を込める。

 同時にガブリエルに言われた言葉が脳裏に蘇っていた。

《君は経営者としてまだ若く、優しすぎる》

 香澄の前では優しい男でいたい。
 彼女が望む〝御劔佑〟でありたい。

 だが、香澄が見ていない場所でなら、どんな冷酷な男にでもなってみせる。
 自分の望みは、第一に香澄を守る事、第二に会社を守る事だ。

『それでも俺は、あなたに贖罪を求める』

 フランクを見据えて言い切った佑の声に、迷いを見せていたクラウザー家の者たちが、ハッとした顔をする。

『同情を引こうとしている訳ではないのは理解する。いま言った言葉は本心からのものだろう。だがあなたに〝理由〟があるのと同じく、こちらにも〝怒る理由〟がある。あなたやエミリアの育ちがどうであれ、俺たちの大切な人に危害が加えられたのは事実だ』

 揺るぎない佑の声に、フランクは黙って頷く。

『俺やアロイス、クラウスはすでにエミリアから損害賠償の意思を受けている。反省したかは置いておいて、彼女がクスリで捕まってゴタゴタしている間に、あなたが裏で手を回して弁護士を動かしたのだろう。その迅速な対応は感謝する』

 佑や双子が受け取る予定の示談金は、数十億と言われている。

 香澄が辱められ、記憶を失った事、そして自ら退職願を書いたとはいえ、失職しかけた事。
 それにより佑も精神的苦痛を受け、私用でイギリスに向かって業務に差し障りが出た事。
 諸々の理由で、本来なら普通に働いていたら得られたはずの金額を要求した。

 双子も同様に、人生を歪められたという理由で相応の金額を受け取る予定だ。

『金銭面で解決し、メイヤー家の名が地に落ちた事で、多少溜飲は下がっている。加えて、もう二度とクラウザー家や俺たちに関わらないでほしい。エミリアはガブリエルに嫁いだ。よって彼女をメイヤー家から追放してほしい』

 視線を落としていたフランクが、佑を見る。

『俺も婚約者も、エミリアに酷いトラウマを与えられた。あなたは支配階級で男だから、婚約者がどれほど非力なのか、どんな酷い目に遭ったのか、彼女の恐怖の片鱗すら理解できないだろう』

「だから祖母を犯せたんだ」という言葉を、佑は必死に呑み込んだ。

『エミリアが婚約者の人権を無視したように、今度は俺がエミリアの人生を奪う。先ほど祖父が言った〝因果応報〟だと思ってもらおう』

 内心「あんたはもうエミリアを手放したけどな」という言葉をつけ加えかけ、そんな自分に溜め息をつく。

 フランクはしばし黙っていたが、重々しく頷いた。

『……いいだろう。エミリアについてはそのように処す』

『そしてあなたも、社交界に姿を現さないでほしい。今まであなたは恥知らずにも、社交の場で祖母と顔を合わせていたようだな。祖父母の心の平和のためにも、今後は自粛してほしい』

『……分かった』

 望む言葉を引き出し、佑は一つ息をつく。
 そして、付け加えた。

『これはおまけだが、エミリアの周囲を固めていた若い男たちも、彼女に脅されていたと聞いた。望まないセックスをし、彼らもトラウマを抱えているだろう。今後一生をかけて、あなたは自分たちが傷つけた者たちをケアするんだ。また、マティアスと彼の父についても、二度と関わらず、メイヤーズから解放しろ』

『……そうする』

 長い因縁に片がつき、誰かが溜め息をついた。

 クラウスがティーカップに手を伸ばして中身をすべて飲み干し、「ぬるい」と日本語で呟く。

 腕時計を確認すると、もう二十二時になりかけていた。

『オーパはオーマの事で爺さんに何か求めなくていいの?』

 アロイスの言葉に、アドラーは静かに首を振る。

『それは当時〝一応〟解決した。気持ちのこもっていない巨額の金を受け取ったよ。本当なら使いたくないし、どこかに丸ごと寄付してやりたかった。……だが、すべてエルマーの教育費とした』

 そうなのだろうと予想がついていたのか、エルマーは静かに溜め息をつく。

『金銭的にケリはついていたが、謝罪の言葉を得ていなかった。だから今回、佑を巻き込んだ事件で、弱ったフランクからそれを聞けると思っていた』

 アドラーはフランクを見据える。

 その青い瞳は、まだ彼を完全に許していなかった。

 フランクはもう抗う気力もないのか、項垂れたまま口を開く。
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