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第十二部・パリ 編

父を切り捨てる息子

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『息子が頼りないからだ。私の後を継げるのはテオしかいないと思ったし、エミリアも最高の教育を受けさせて立派な淑女にし、いい嫁ぎ先を見つけてやろうと思った』

 かろうじて答えたというフランクに、アロイスが手厳しく言う。

『そんな前時代的な事を考えてるから、テオに逃げられるんだよ。あいつは賢かった。メイヤー家に漂う空気を感じて、自分から逃げ出したんだ。あいつは絶縁したあとも後悔していない。アメリカでのびのび幸せに暮らしてるんだから、邪魔する騒ぎを起こすな』

 現在NYに戻ったテオは、周囲からメイヤー家のゴシップについて質問され、そこそこ迷惑を被っているだろう。

 眉間の皺を深めたフランクに、クラウスが容赦のない言葉を掛ける。

『爺さんさぁ、あんた毒親ならぬ毒爺だよ。金と権力持ってるからどうにもならない。可愛がってるだけだと思って、子供や孫に害悪になってるって自覚すらしてない』

 怒りと苛立ちを隠さないクラウスは、自分を落ち着かせるために出された紅茶を飲む。
 双子の言葉が収まったのを確認し、佑が口を開く。

『今回の一番の被害者は、俺の婚約者だ。あなたからすれば、名前も知らない日本人女性だろう。だが俺にとっては何よりも大切な女性だ。その人がエミリアの命令で車に轢かれ、嫌がらせのメールを受けた。好意的なふりをして近付いた裏で、あいつはマティアスに彼女を襲わせた……っ。そして傷ついた彼女を慰めるふりをして、日本から連れ去った。そして向精神薬を大量に飲ませ、意識を奪った。……そして……クスリをやる乱交パーティーで、肌を晒して見世物にした挙げ句、…………男たちに輪姦させるつもりだった……っ』

 最初は淡々と語っていた佑の声が、感情の高ぶりと共に震える。

『……どれだけ彼女が、俺が苦しんだか分かるか!? 彼女がどんなトラウマを抱えたか分かるか? 記憶がないんだ! ……自分の身に起こったひどい出来事を、覚えていたくないと本能が拒絶し、記憶に残してないんだよ。それだけのショックを与える事を、エミリアは平気でやった。彼女はエミリアと初対面で、何も害を与えていないのにだ! ……ただ気に食わないという理由で、彼女は女性としての尊厳を奪われ、精神を犯された。……あの女をあれだけ歪んだ性格にしたのは、あなたにも責任がある。違うか!?』

 震える佑の肩を、隣に座っていたアドラーが慰めるように揉む。

 フランクは少しの間、佑を見つめていた。
 が、疲れたように溜め息混じりに言う。

『……私はその日本人女性を知らない。気の毒な事になったと思う。しかし君はエミリアを追い詰め、訴えただろう。大金をむしり取り、あの子の会社も倒産させた。それだけでなく、メイヤーズまで大炎上させた。……お陰で会社は傾き、私も私財に手を掛けるまでになった。…………挙げ句、大事な孫娘を、望まない男に嫁にやる始末だ』

 初めて反抗的な言葉を口にするフランクに、アドラーが告げる。

『日本の言葉に〝因果応報〟というものがある。お前は昔、節子を犯した。当時の節子がどれだけ苦しんだか分かるか? 私の怒りが分かるか? それと似た事を、エミリアは佑の婚約者にした。祖父も孫娘も、やる事は変わっていな。お前たちはその報いを受けている。……お前が被害者ぶっていい理由は何もない』

 節子が話題に出たあと、フランクはノロノロとエルマーを見る。

 自分の息子だというのに、この部屋に入ってからフランクは意識的にエルマーを見ていなかった。
 節子の話題が出てようやく……という態度に、全員がフランクという男の器の狭さを知る。

 エルマーは終始冷めた目で、実父が皆に責められる様子を見ていた。
 だがフランクに視線を向けられ、初めて口を開く。

『私は生物学上ではあなたの息子だそうだが、一ミリもそう思った事はない。私の父はここにいるアドラー・フォン・クラウザーだけだし、ここにいるアロイスとクラウスもあなたの孫ではない』

 きっぱりと言い切り、エルマーは続ける。

『それを踏まえた上で一つ言うなら、これ以上私の両親、息子や甥に関わるな。貴族筋の家は、企業としてライバル関係にはなり得ても、古い血筋を守るために互いに協力し合うべきだ。だがあなたが母を犯し、父を怒らせた事によりドイツ内に派閥ができた。ドイツ経済をもり立てていくために皆で協力すべきなのに、あなたの制御しきれなかった性欲がきっかけで勢力は二分された。実に嘆かわしい。……だがそれももう終わる。今後メイヤー家に味方する者はいなくなるだろう。あなたの時代は終わるんだ』

 最後の一言が効いたのか、しばらくフランクは口を開かなかった。

 シン……と重たい空気が流れるが、この場にいる誰一人として、フランクを哀れに思う者はいない。

〝やらかした〟のはエミリアだ。

 だが彼女という化け物を生んだのは、どんな我が儘も許したフランクにある。

 だからこそ、ここで彼を許す訳にいかなかった。

 やがて、痛いほどの沈黙をフランクの弱々しい声が破る。
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