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第十二部・パリ 編

フランク

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『オーパ、あなたの気持ちは分かるつもりだが、あまり興奮しすぎないように。汚れ役は俺が引き受ける。あなたはどっしりと構えていてほしい』

 佑が言うと、彼は何も言わず微かに頭を動かす。

「分かった」とも「嫌だ」とも言えないのだろうな、と思い、佑は話題を変える。

『オーマと日本縦断をしていたのでは? ちゃんと北海道まで行ったのか?』

 そう言うと、アドラーは表情を緩める。

『ああ、東京での話し合いのあと、一か月かけて沖縄から北海道まで主要都市を縦断した。節子も温泉に入れて嬉しそうだった』

『それは良かった。オーマこそ、長年苦労をしただろうから』

 佑の言葉が染みたのか、アドラーは感傷的な顔になる。

『……私はどうして、もっと妻に気を配れなかったのだろうな。……香澄さんにもつらい思いをさせてしまった。怒りと復讐に駆られ、大切にすべき者に目を向けられなかった』

 旅行中、節子に何か言われたのだろうか。

 アドラーはしみじみとして言う。

『その件は持ち出さないほうが吉だ。俺は何度恨み言を言っても足りない。だが香澄はもう何も望んでいない。きっとオーマも、一族内で争いが起きるのを望まないだろう。感傷的になるのは分かるが、今は目の前の敵を見据えるべきじゃないか?』

『そうだな』

 アドラーが頷いた時、執事がやってきて『こちらへどうぞ』と佑たちを案内する。

『さて、しょげた爺さんのツラを見舞ってやるか』

 クラウスが明るい声で言い、エルマーに『こら』と窘められる。

 佑たちは階段を上がって廊下を進み、一室に案内された。

 古い屋敷で、中の作りはガブリエルの城と同じように、昔の貴族が住んでいたように美しい装飾がある。

 やはり暖炉があって、フランスより冷えるドイツでは当然火が灯されている。
 佑たちは暖炉前のソファに座った

 護衛たちは邪魔にならないよう壁際に立ち、全員でフランクが来るのを待つ。

 やがてドアが開き、フランクが姿を現した。

 記憶にある限り、フランクはビール腹でいかめしい顔をした気難しい老人だ。

 子供の頃はアドラーの孫という事で、エミリアと遊んでいると苦い顔をされたものだ。
 だから「怖い爺さん」という印象があったし、もとからあまり良く思っていなかった。

 しかし久しぶりに実物を前にすると、昔に見た時よりずっと小さく、覇気をなくしているように思えた。
 心なしか痩せて、顔色も悪い。

 だがそんな風になったのも自業自得だ。

『……久しぶりだな……』

 しわがれた声で言い、フランクは暖炉に近い一人掛けのソファに座る。

 フランクの言葉に返事をする者はおらず、少しの間沈黙が落ちる。
 全員、最初に誰が何を言うか、腹の底で探り合っていた。

 口火を切ったのは佑だ。

『ついさっきまでランスまでエミリアの様子を見に行っていた。彼女はガブリエルと結婚して、それなりの人生を送っている。あなたが自社のため、家のために孫娘を売ったのは正解だ』

 容赦のない言葉に、アロイスとクラウスは目を見開き、尻上がりの口笛でも吹きそうな顔をしている。

『エミリアがクスリをやり、子供時代から権力を笠に着て好き放題していたのは、あなたが放置していたせいだ。両親に発言権を与えず、メイヤー家の絶対的権力者として孫娘に躾をしなかった。あなたがエミリアを甘やかし、我が儘を許したから、あの女は化け物になってしまった』

 双子たちは自分の学生時代を思い出したのか、冷めた目でフランクを見る。

『僕らさ、エミリアがいるせいでろくに恋愛できなかったんだよね。今じゃ不特定多数と気持ちのない恋愛やセックスするのが当たり前になった。こんだけ僕らが歪んだのも、間接的に爺さんのせいになるんだけど』

 クラウスに続いて、アロイスもフランクを責める。

『迷惑を掛けたのは俺たちだけじゃないだろ? マティアスにもあいつの両親にも、どれだけ苦しい思いをさせたんだよ』

 また静けさが戻った頃、フランクが呻いた。

『私は……エミリアを可愛がりたかった』

 それを聞いたあと、アドラーが口を開く。

『ただ可愛がるだけじゃ、子供は育たない。孫は自分の手がかからないから余計に可愛い。だが褒めて金を与えるだけでは、馬鹿が育つだけだ。学ばせ、社会の一員として、自分が何をできるか考えさせなくてはならない。教育するのは親の役目で、祖父母は黙って金を出せばいい。だがお前はあの子の両親に教育をさせなかった。常に自分が口を出し、あの子の両親から教育の機会を奪っていた』

 アドラーの言葉にフランクはまた黙り、小さく答える。
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