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第十二部・パリ 編

ガブリエルの秘密

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 映画際ではファッションショーが行われ、豪華モデルが人気ミュージシャンの音楽でランウェイを歩き、それをセレブたちが高級料理を食べながら見る、立派なお祭りとなる。

 その興行収入が、寄付に充てられる仕組みだ。

 CEPが日本映画の衣装担当になった事もあり、佑は朔と共に映画祭に赴いた。
 また、例の『美人堂』の出雲も、妻の美鈴と一緒に何度も参加済みだ。

 勿論そこで祖父や双子たちに会い、げんなりするのはいつもの事なのだが……。

 夜に行われるソワレと呼ばれる公式上映は、もっとも格調の高いルミエールという名前の劇場で行われる。
 ソワレを取材する記者たちもドレスコードに合わせた服装で臨まなければならず、佑も勿論タキシードを着ての参加だった。

 出雲、美鈴、朔と共にあちこちのパーティーに参加しては映画を見て……と過ごしているうちに、気がついたらワインを飲んで話していたのがガブリエルだった。

 あとから思えば人嫌いの彼がよくパーティーに来ていたなと思ったが、馬と花以外に映画もこよなく愛しているようで、誘いを受けると映画祭関係は重い腰を上げているようだ。

 当時佑は二十九歳で、色んな〝事情〟のあとに半ばふてくされ、他人に期待していない時期だった。
 三十歳を超えた辺りから吹っ切れたが、その頃はまだどこか暗いオーラを醸し出していた。

『君はレッドカーペットではニコニコしていて王子様のようなのに、話してみると意外と根暗そうだな』

 言葉を選ばないガブリエルに、佑は思わず笑った。

『あなたも一筋縄ではいかない雰囲気があります』

 二人が話しているのは、海岸沿いにあるホテルの一室だ。

 その時期の南仏の日没は、二十一時頃だ。

 何時になってもお祭り騒ぎで、自分で線引きをしないと休憩ができない。

 ホテルに戻ろうとした時に、たまたま合流するように同じ方向に歩いていたのがガブリエルで、『あぁ、さっきの……』という感じで二人で飲み直す事にしたのだ。

 笑い合ったあと、しばらく南仏の感想や映画祭で見た作品の感想など、当たり障りのない会話をしていた。

 ひとしきり話して笑ったあと、ガブリエルが含みのある笑みを浮かべて質問してきた。

『君は特別な女性はいないのか? エスコートしている女性がいないようだが』

『残念ながら、ここ数年良縁に恵まれていません』

『そうか、私もだ』

 笑い合ったあと、ガブリエルが提案してきた。

『独身同士仲良くやろう。君にいい人が現れたら、ぜひ教えてくれ。私の城に招待してささやかなパーティーぐらいは開いてあげたい』

『それはありがとうございます。ガブ、あなたにも恋人ができたら、ぜひ教えてください』

 会話はそれで終わると思っていたのだが、ガブリエルは青い目で物憂げに佑を見てくる。

『……何か?』

『……いや、私が君に誰かを紹介できる日は、恐らくこないだろう』

 微笑んだガブリエルは、顔色は変わっていないし対応も終始紳士的だが、かなりワインを飲んで酔っ払っていた。

 パーティーでは様々な人にそつなく対応していたが、二人でじっくり飲むうちに素を見せていた。

 広々としたスイートルームは照明が落とされ、二人は間接照明のみで飲んでいた。
 窓の外には地中海が広がり、ビーチを歩いている人もいた。

『君には秘密を教えよう。君は信頼できそうだ』

 彼はワイングラスに赤ワインを注ぎ、脚を組んで海を見ながら続きを口にする。

『私は姉と恋仲にあった』

 そう聞いて佑は微かに瞠目する。

『実の姉と愛し合い、肉体関係を結んだ。どちらが先に恋をしたのか分からなかったが、私の姉はとても美しく優しく、そして妖艶な人だった。姉弟仲は昔から良く、二人で頻繁にデートをした。……だが大人になっても互いに恋人を作らない姉弟を、両親はいぶかしんだ』

 悲恋の話に佑は小さく息をつき、オリーブをつまむ。

『両親が姉に男性を紹介し、文句の付け所のない人だから結婚しろと迫った。だが姉は私を愛していると言ってしまった』

 そこまで言ってガブリエルは首をすくめ、天井を向いて息をつく。

『私と姉は強制的に引き離され、姉はアメリカにいる資産家のもとへ嫁がされた。その時の絶望は計り知れない。私は両親を呪った』

 そして、彼は昏い笑みを浮かべる。

『〝色々〟あって父は失脚し、事業やこの城は私が受け継いだ。母は姉弟が愛し合っていると知った頃から精神の均衡を崩し、今は病院にいるな』

 平然と言う彼の瞳の奥に確かな狂気を感じ、佑は背筋を震わせる。
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