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第十二部・パリ 編

ランスへ

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「んん、おいふぃ」

 フォークとナイフを動かす香澄は、至福の表情だ。

 最初はおやつ感覚のガレットやクレープで満足できるかな? と思っていた。

 しかし目玉焼きやベーコンと一緒にガレットを食べていると、納得するほど腹に溜まる。

 大きいプレート一杯に茶色いガレットが広がっていて、おかずと一緒に炭水化物(ガレットはそば粉だが)を食べていると思えば、腹に溜まるのも納得がいく。

 シードルは思っていたより炭酸が強いものの、リンゴの香りがして美味しい。

 ガレットを食べ終わる頃には、蜂蜜、アーモンド、レモンのクレープが運ばれてきた。

 こちらも大きなプレート一杯にクレープが広がっているので、食べ応えがある。

 最後にサクサクのクロワッサンを一つ食べ、さすがに満腹になった。

『とても美味しかったです!』

 ナプキンで口元を拭いて微笑むと、バトラーも『ありがとうございます』と微笑んでくれる。

 パンが入ったバスケットはそのままにしてもらい、バトラーたちには退室してもらう。

 ランチのあと、佑はゆっくり出掛ける準備を始める。

 気持ちを整えるためか、彼はもう一度顔を洗って歯磨きをし、整髪料で髪をセットする。

 いつものウード&ベルガモッドのコロンをボディにつけ、「お守り」と言って香澄のネクタリンブロッサム&ハニーを重ねづけした。

 きっちりとスーツを着てネクタイを締め終わる頃には、その表情も緊張感を帯びたものになっていた。

「じゃあ、行ってきます。何かあったら、絶対に久住と佐野に連絡をして」

「うん。引きこもってるから大丈夫だよ」

 ドアの向こうには、もうすでに河野たちが控えている。

 香澄は佑を見つめ、彼の目の奥に答えを見つけようとする。

(……思い詰めてる)

 それは分かるのだが、彼が〝何〟に対して緊張しているのか分からない。

 ドイツと近いのでアドラーたち関係なのだろうか。

 そう思うものの、あまり気軽に尋ねられない雰囲気だ。

「……気を付けてね」

 微笑んで少し顎を上げ、目を閉じると、優しいキスが応えてくれた。

「行ってきます」

 佑は最後にギュッと香澄を抱き締め、ドアの向こうに姿を消した。

「……いってらっしゃい」

 重厚な木製のドアに手を当て、香澄は呟いた。



**



 香澄と過ごしたスイートルームから出た瞬間、佑は顔からいっさいの感情を消した。

 ある意味仕事のスイッチが入った時と似ているが、それよりも冷酷で鋭利な表情をしている。

「車はすでに表に回してあります」

「分かった」

 河野の言葉に短く返事をし、エレベーターに乗り込む。

 護衛を引き攣れてロビーを歩く佑を、宿泊客が「タスク・ミツルギ」と口にし羨望の混じった目で見る。
 だが彼の厳しい表情を見て、誰一人として話しかける者はいなかった。

 例によって車は複数台に分かれ、先頭にフランス人護衛一人と小山内、真ん中の車に運転席に瀬尾、助手席に呉代、後部座席に佑が座っている。

 河野はもう一人のフランス人護衛と最後尾の車だ。

「ランスまで時間があります。休憩できる場所が近付いたらお知らせしますので、お休みください」

「……ああ」

 呉代に言われ、佑は軽く目を伏せる。

 だがすぐに目を開けて、ぼんやりとパリの街並みを見る。

(そう言えばエミリアと再会したのもパリだったか……)

 そう思いだし、苦い顔になった。



**



 ランスまで高速道路を走り、途中にあるサービスエリアで休憩を取る。

 一時間半少し経ち、佑たちはランスに辿り着いた。
 ノートルダム大聖堂で有名な街だが、今は観光をするつもりはない。

 さらにランスより南に向かい、広大な自然公園に近い場所にある城まで進む。
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