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第十一部・スペイン 編

〝恋人を駄目にする恋人〟

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「……私の事、好きなんだね」

 監禁すると脅されているのに、喜んでしまう自分も大概だ。
 それほど深く佑を愛し、すべてを受け入れられる気構えはできている。

「大好きだよ。この世界の誰よりも大切だ。香澄の代わりになる女性はいない、唯一無二だ」

 嬉しくて、佑が愛しくて、――涙が零れそうになり、必死に笑おうとした。

 薄闇の中で、香澄はグスッと鼻を啜る。
 泣きそうなので、努めて明るく振る舞った。

「やった。私、世界一だ」

 ふふっと笑った香澄を、佑がポンポンと撫でて抱き締める。

「頑張らなくていいよ。俺の前では力を抜いて、リラックスしていていい。常に笑顔でいようとしなくていいんだ。不安なら不安だと言っていいと学んだばかりだろう?」

「……うん」

 きちんとしたいのに、佑は力を抜いていいと言う。

 そのバランスが難しいなと思いつつ、どこかで落とし所を見つけられたらいいなと思った。

「佑さんだってずるいよ。私の事を甘やかして駄目人間にしようとするんだもん」

 香澄はくてんと佑に寄りかかる。

「〝人を駄目にするソファ〟って言うのあったけど、佑さんは〝恋人を駄目にする恋人〟です」

「それでいいよ。俺の目標は、きちんとしたい香澄をダラダラにさせる事なんだから。何なら、下着姿でうろついてもいいんだよ?」

「な……っ」

 佑が望んでいるだらしなさを知り、香澄は思わず彼を見る。

「そ、それしちゃったら駄目な奴でしょ」

「そこだよ?」

 トンと指で額を押され、香澄は目を瞬かせる。

「あの家は香澄の自宅だ。それぐらいしてもらわないと困る。札幌で一人暮らししていた時、そうしていなかった?」

「……してた……けど」

「俺の所でしてくれないっていう事は、まだ心の壁があるんじゃないか?」

 核心をつかれ、香澄は思わず言葉を失った。

「別にだらしなくなってほしいと言ってるんじゃない。香澄にだってプライドがあるだろうし。でも家族になりたいと思ってるから、あの家を心から安らげる所と思ってほしいんだ」

「うん……。努力、します」

 なかなか肩の力が抜けない香澄を、佑はギュッと抱き締めつむじの辺りにキスをする。
 それからポヨポヨと胸を揉んできた。

「セクハラだけど、できればこれぐらい……気持ちも柔らかくしてほしい」

「ふふふふ……、もぉ」

 思わず笑ってから、香澄はふぁ……とあくびをする。

「眠い? 寝ようか」

 そう言って佑は横になり、羽根枕の形を整える。
 香澄も彼の隣に寝転んでまたあくびをしてから、先ほど目を覚ました時の事を思い出した。

「……佑さん、寝てなかったんでしょ?」

「今度は寝るよ」

「うん……。一緒に寝よ」

 モソモソと身じろぎをして目を閉じると、彼のぬくもりと肌の感触に、とろりと目蓋が落ちてくる。

 一か月の空白を経ての渇きがようやく落ち着き、安堵と一緒に疲れが出てきたのかもしれない。

 佑にくっついて目を閉じていると、そのうち眠気が訪れて、あっという間に意識が闇に呑まれた。





 小さな寝息が聞こえるようになってから、佑は静かに息をついた。

 香澄の肌を撫でたいが、起こしてしまったら悪い。

 一か月の香澄断ちの飢餓感はまだ癒えておらず、絶えずその肌を撫で、側にいるのだと確認しなければなかなか心が安まらない。

 息を吸うと、香澄の香りがする。

 それだけでもとても幸せな心地になり、今度は安堵の息をついた。

「だが……」と佑は薄闇の中で目を開き、ジッと闇の向こうを見る。

(イギリス……か)

 不承不承頷いてしまったとはいえ、本当はしばらく香澄をイギリスに近づけたくなかった。
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