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第十部・ニセコ 編

話し合おう

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 あの時はマティアスとの行為を思い出して最後までできなかったが、今回は思い出す余裕もなかった。

 脳内が佑一色に塗りつぶされ、一か月ぶりに会える喜びと快楽に負けてしまった。

 普通ならあれだけの事をされたら「ひどい」と思うだろう。
 けれど結局は喜んでしまった自分は、つくづく彼に惚れ込んでいると思い知った。

「……マティアスさんの事を思い出す余裕もなかったよ。佑さんだから感じたし、嬉しかった」

 佑は怒られるとばかり思っていたのか、目を瞬かせる。

「本当に?」

 その反応を見て、香澄は笑いかけた。

「本当。嘘なんてつかないよ」

 香澄は彼の頬を撫で、一か月ぶりになる佑をジッと見つめる。

 何度見ても、佑は溜め息が出るぐらい格好いい。
 見るたびに惚れ直してしまう。

 美しいヘーゼルの目も、それを縁取る長い睫毛も、彫りの深い整った顔立ち、通った鼻筋、潔癖そうな唇……。

(これ全部、私のものだ)

 香澄は彼の目の美しさに、照れ笑いして見つめ返す。

(佑さんに心配されてる。贅沢だなぁ……)

 離れていた反動か、ずっと佑の顔を見ていたい。
 見つめ合って一日過ごしても、まだ足りない。

 いつの間に眼差しがトロンとしているのを、香澄は気づいていなかった。

 そんな香澄の顔を見て、佑も緊張の取れた表情になり、指で髪を梳いてくる。

「……本当にごめん。つらかっただろう」

 佑は彼女の髪に優しく触れたあと、前髪や額、鼻筋にも指先を這わせた。

「……確かに体力的につらかったけど、とても感じちゃったし……。もういいや。私のほうが心配させたし、ひどい事しちゃったもん」

 佑の胸元に顔を埋めると、「ん?」と尋ねる声が反響して伝わってくる。

「離れてから『きっと沢山心配してるだろうな』って思ってた。実際、転んじゃったし、痣を作って怒られたし、会ってみたら佑さんはやつれてるし……。私のせい……だよね」

「……やつれてるか?」

 佑はあまり自覚していないようで、手で自分の頬に触れる。
 それを見て香澄は、困ったように笑った。

「ちゃんと体重量ってる? 数キロは減ったように見えるよ。お肉食べないと」

 佑は心配されて嬉しそうな顔をし、香澄の額にキスしてくる。
 そのままちゅ、ちゅ、と香澄の頬や鼻先に唇を落とし、冗談めかして笑った。

「香澄をたっぷり食べたから、もう満腹だ」

 冗談めかして言われ、香澄も悪戯っぽく言い返す。

「……たっぷり食べ過ぎです。朝までとか信じられない」

 昼間から翌日の朝まで抱かれたのは、さすがに初めてだ。

 佑は笑みを深める。

「信じられない? ならもっと抱いて教えてあげてもいいけど」

 冗談なのか分からない事を言われ、香澄はスンッと真顔になる。

「何かしらのストを敢行します」

「ストか。なら話し合わないとな?」

 ポンポン、と頭を撫でられ、軽くキスをされる。

(不思議だな……)

 北海道に帰省してから、のびのびやれていた自覚はあった。

 勿論、佑が恋しかったし、ニセコに来てから人間関係に悩まされていた。
 だが「離れてみても意外と生きていける」と思っていた。

 しかし佑に会ってしまうと、もう離れられない。

 優しい声に眼差し、自分をすっぽり包み込む体。

 そのすべてに癒やされ、もう以前のように抗おうという気持ちはなくなっていた。

「……うん、話し合おう。私がバカだった。立て続けに色んな事があったけど『ちゃんとしないと』って焦ってた。傷付いた佑さんを癒やすのは私の役目だと思って、すべて背負おうとしていた。それで結局……できなくて逃げちゃった。卑怯だよね」

 香澄の言葉を聞き、佑は首を横に振る。

「香澄が責任を感じる事はない。俺が過干渉しすぎた」

 お互いに自分の非を口にし、微笑み合う。

 それから、佑は抱えていたものが軽くなった顔で尋ねてきた。

「こっちで何か見つけられたか?」

「麻衣と定山渓の温泉で女子会したよ。ドライブして、ラーメン食べて、お菓子も買って、一緒に温泉に入って、たっぷり話した」

「楽しかった?」

「うん」

 こうやって、また元のように話せるのが嬉しくて堪らない。
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