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第十部・ニセコ 編
君が突き落としたのか?
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香澄は少し可哀想なところはあるが、外見はいいし性格も素直だ。
だからこのペンションにいる間に〝教育〟をして、ちゃんと付き合うに値する女にできたら……と思っていた。
香澄のためを思って色々教えてやっている優しさを理解されたら、彼女は自分に惚れるだろうと思っていた。
現実を知れば香澄は〝反省〟し、「和也さんって凄いね」と言うだろうと信じていた。
――その矢先に、本物の御劔佑が現れたのだから、開いた口が塞がらない。
(嘘だろ?)
佑は和也よりずっと背が高く、胸板が厚く鍛えている体つきをしている。
肌の色が日本人より白く、西欧の血が混じっているのが分かる。
顔立ちは彫りの深さも相まって、同性である和也が見ても惚れ惚れしてしまう。
着ている服はシンプルながら上等なのが分かり、モデルのようだ。
加えて、立っているだけで場の空気を変える存在感も兼ね揃えている。
一瞬で、和也は雄としての負けを覚えた。
彼は香澄の事を親しげに名前で呼び、一度ペンションに入ったあと、すぐに出て行った。
(……ああ、あのイタリア人のところに行くのか。嫉妬してるのか?)
途端に、香澄がとんでもない高嶺の花に思えた。
その辺に咲く地味な花だと思っていたら、希少種の高山植物だったというオチだ。
現在、和也は呆けて母屋で洗濯機を回している。
と、表に車が停まる音がして「ん?」と窓から外を覗いた。
駐車場には、御劔佑が乗っていた車が停まっていた。
中から御劔佑が出てきて、まっすぐペンションに向かっていく。
それを見て、ドキンッと鼓動が高鳴る。
(何をしにきたんだ? もしかして香澄さんから俺の事を聞いたのか?)
まさか本物の御劔佑が、ニセコに現れるなど思っていなかった。
香澄に強い言葉を言ったのも、迫ったのも筒抜けになっているのだろうか。
そう思うと、恐怖で胸がバクバクと高鳴った。
(チクッたのか?)
御劔佑みたいな大富豪に睨まれれば、すぐ破滅してしまう。
「どうしよう……」
和也は洗濯機が回る音を聞きながら、弱々しくうめく。
「だって……。香澄さんが悪いだろ。あんなに俺を誘うから。いい匂いをさせて、肌だって綺麗で……。俺と寝たいって思ってたから、ああやって誘惑したんだろ?」
香澄はまったく誘ったつもりなどないのに、和也はすべて彼女のせいにする。
もう和也は保身しか考えられず、香澄を自分の女にしようと思う欲望を失っていた。
**
佑がドアベルを鳴らして中に入ると、「おかえりなさい!」と声がした。
パタパタと軽い足音をさせて真奈美が姿を現し、佑を見て表情を強張らせる。
(この女が香澄を突き落としたのか)
佑は先ほどとはまったく温度の異なる目で、小柄な大学生を見つめる。
(秋成さんに話すのが先だ。だが……)
どうしても許せない。
一か月我慢し続けて、ようやく香澄に会えると思った。
ニセコの大自然に囲まれ、気分転換するのも大変結構だと思っていた。
だが彼女はいじめに遭い、加害されていた。
自分が冷静ではないのを自覚したが、ルカのところである程度目を覚まされ、大分いつもの自分を取り戻せたと思っている。
ここで感情のままに真奈美と話せば、余計な事まで言ってしまうと分かっていた。
だが、どうしても我慢できない。
だから先に釘を刺した。
「君が香澄を階段から突き落としたのか?」
前振りもなく直球で問われ、真奈美は目を丸くして固まった。
何を言わずとも、佑はその反応だけですべてを察した。
「黒だ」と心の中で確定したあと、彼は一歩踏み出して彼女を追い詰める。
「君は誤解を招く言い方で、香澄がルカと婦人科に行ったと言った。俺が彼女の浮気を疑う事を望んでいたか?」
「そ、そんな事ありません。私は事実を言ったまでで……」
真奈美はエプロンをギュッと掴み、佑から目を逸らしたまま早口に言う。
だからこのペンションにいる間に〝教育〟をして、ちゃんと付き合うに値する女にできたら……と思っていた。
香澄のためを思って色々教えてやっている優しさを理解されたら、彼女は自分に惚れるだろうと思っていた。
現実を知れば香澄は〝反省〟し、「和也さんって凄いね」と言うだろうと信じていた。
――その矢先に、本物の御劔佑が現れたのだから、開いた口が塞がらない。
(嘘だろ?)
佑は和也よりずっと背が高く、胸板が厚く鍛えている体つきをしている。
肌の色が日本人より白く、西欧の血が混じっているのが分かる。
顔立ちは彫りの深さも相まって、同性である和也が見ても惚れ惚れしてしまう。
着ている服はシンプルながら上等なのが分かり、モデルのようだ。
加えて、立っているだけで場の空気を変える存在感も兼ね揃えている。
一瞬で、和也は雄としての負けを覚えた。
彼は香澄の事を親しげに名前で呼び、一度ペンションに入ったあと、すぐに出て行った。
(……ああ、あのイタリア人のところに行くのか。嫉妬してるのか?)
途端に、香澄がとんでもない高嶺の花に思えた。
その辺に咲く地味な花だと思っていたら、希少種の高山植物だったというオチだ。
現在、和也は呆けて母屋で洗濯機を回している。
と、表に車が停まる音がして「ん?」と窓から外を覗いた。
駐車場には、御劔佑が乗っていた車が停まっていた。
中から御劔佑が出てきて、まっすぐペンションに向かっていく。
それを見て、ドキンッと鼓動が高鳴る。
(何をしにきたんだ? もしかして香澄さんから俺の事を聞いたのか?)
まさか本物の御劔佑が、ニセコに現れるなど思っていなかった。
香澄に強い言葉を言ったのも、迫ったのも筒抜けになっているのだろうか。
そう思うと、恐怖で胸がバクバクと高鳴った。
(チクッたのか?)
御劔佑みたいな大富豪に睨まれれば、すぐ破滅してしまう。
「どうしよう……」
和也は洗濯機が回る音を聞きながら、弱々しくうめく。
「だって……。香澄さんが悪いだろ。あんなに俺を誘うから。いい匂いをさせて、肌だって綺麗で……。俺と寝たいって思ってたから、ああやって誘惑したんだろ?」
香澄はまったく誘ったつもりなどないのに、和也はすべて彼女のせいにする。
もう和也は保身しか考えられず、香澄を自分の女にしようと思う欲望を失っていた。
**
佑がドアベルを鳴らして中に入ると、「おかえりなさい!」と声がした。
パタパタと軽い足音をさせて真奈美が姿を現し、佑を見て表情を強張らせる。
(この女が香澄を突き落としたのか)
佑は先ほどとはまったく温度の異なる目で、小柄な大学生を見つめる。
(秋成さんに話すのが先だ。だが……)
どうしても許せない。
一か月我慢し続けて、ようやく香澄に会えると思った。
ニセコの大自然に囲まれ、気分転換するのも大変結構だと思っていた。
だが彼女はいじめに遭い、加害されていた。
自分が冷静ではないのを自覚したが、ルカのところである程度目を覚まされ、大分いつもの自分を取り戻せたと思っている。
ここで感情のままに真奈美と話せば、余計な事まで言ってしまうと分かっていた。
だが、どうしても我慢できない。
だから先に釘を刺した。
「君が香澄を階段から突き落としたのか?」
前振りもなく直球で問われ、真奈美は目を丸くして固まった。
何を言わずとも、佑はその反応だけですべてを察した。
「黒だ」と心の中で確定したあと、彼は一歩踏み出して彼女を追い詰める。
「君は誤解を招く言い方で、香澄がルカと婦人科に行ったと言った。俺が彼女の浮気を疑う事を望んでいたか?」
「そ、そんな事ありません。私は事実を言ったまでで……」
真奈美はエプロンをギュッと掴み、佑から目を逸らしたまま早口に言う。
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