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第十部・ニセコ 編
魂の叫び
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心の準備ができていない状態でそう言われた香澄は緊張する。
けれど佑が相手なら断る理由はないので、怖じ気づきながらダウンジャケットを脱いだ。
佑もコートを脱いで一人掛けのソファの背に掛ける。
そのあと、香澄の手を引っ張ってベッドに押し倒した。
「ん……っ」
弾力のあるマットレスの上で、香澄の体が僅かに弾む。
彼女の上にのしかかった佑は、激しい感情のこもった目で香澄を見つめた。
そして細く長く息を吐いてから、低い声で言う。
「幾つか言いたい事がある」
佑は香澄の上に馬乗りになり、逃げられないようにして低く言う。
「な……なに……」
混乱したまま弱々しく尋ねると、佑の手が伸びて頬に貼ってあるガーゼを取った。
「っ――――」
現れた青あざを見て、佑の顔が悲しげに歪む。
また高ぶった感情を抑えるように、彼は息を吸ってから震わせながら吐いた。
「こ……これは……」
彼の登場ですっかり失念していたが、「そういえば」と思って香澄は言い訳しようとする。
――が、
「――俺の知らない所で、俺の大事なものに傷をつけるな!」
烈しい声で怒鳴られ、恐怖と悲しさ、罪悪感とで胸がえぐられそうになった。
「ごめ……」
謝ろうとしたけれど、佑が被せるように言う。
「頼むから、何かあった時は必ず連絡してくれって言っただろう!」
叩きつけるように言った佑は、ヘアワックスで整えた髪を乱し、乱暴に息をつく。
そして苦しげに表情を歪め、今にも泣きそうな目で香澄を見つめてくる。
「香澄にとっては〝ただ転んだだけ〟でも、俺にとっては死ぬほど心配する事なんだ! どうしてそれが分からない!!」
涙こそ流れていないが、慟哭しているかのような声だった。
「ぁ…………」
佑の荒々しい感情に当てられ、香澄は何も言えず震える。
(そうだ、忘れてた。この人は何より私を心配してくれる人だ。ちょっと前は勝手にいなくなって死ぬほど心配させてしまったのに、私はまた……)
香澄にとっては大した事のない怪我でも、佑にとっては〝自分が側にいない間に起こった不幸〟になってしまうのだ。
いつも佑が過保護なまでに香澄を守ってくれていたからこそ、今こんな事になってしまっていた。
(佑さんは信頼して送り出してくれたのに……)
――自分はその信頼を裏切ってしまった。
佑は一旦高ぶらせた感情を無理矢理落ち着かせ、呼吸を整えながら言う。
「…………頼むから自分がどれだけ大切にされているか、いい加減自覚してくれよ」
「……ごめんなさい……」
香澄は弱々しい声で謝るしかできない。
佑を悲しませた自分には、泣く資格もない。
情けなさと悲しさでこみ上げた涙を、彼女は瞬きをして懸命に誤魔化す。
(違う。こうじゃない。もっとちゃんと話し合おう)
何とか彼に笑ってほしいと思った香澄は、起き上がって佑に抱きつこうとする。
「……佑さ――」
けれど肩を押さえつけられ、ぽすん、と体がベッドに戻った。
ひどく傷ついた、すさんだ目が香澄を見下ろす。
獲物に逃げられないよう、肉食動物が足音を殺して迫るように、佑は音もなくベッドに手をついてのしかかってくる。
そしてヘーゼルの目で彼女を見つめ、とても低く乾いた声で囁いた。
「――あの男と寝たのか?」
「…………え?」
何を言われたのか分からず、香澄はキョトンと目を瞬かせる。
――なに言っているんだろう?
身に覚えがなく、「あの男?」「寝た?」と必死に記憶をたぐり寄せる。
(まさか和也さんに迫られたのがバレた?)
目をまん丸にした事が、佑にさらなる誤解を与えた。
本当に激しい怒りを覚えた時は、『はらわたが煮えくりかえるような』と表現する。
まるでそれを体現したかのように、佑は体を震わせ、泣き崩れる寸前の声を吐き出した。
「――――俺を、…………っ捨てるのか……っ!!」
「…………っ」
血反吐、あるいは魂すら吐き出すかのような叫びに、香澄の全身にゾワッと鳥肌が立った。
けれど佑が相手なら断る理由はないので、怖じ気づきながらダウンジャケットを脱いだ。
佑もコートを脱いで一人掛けのソファの背に掛ける。
そのあと、香澄の手を引っ張ってベッドに押し倒した。
「ん……っ」
弾力のあるマットレスの上で、香澄の体が僅かに弾む。
彼女の上にのしかかった佑は、激しい感情のこもった目で香澄を見つめた。
そして細く長く息を吐いてから、低い声で言う。
「幾つか言いたい事がある」
佑は香澄の上に馬乗りになり、逃げられないようにして低く言う。
「な……なに……」
混乱したまま弱々しく尋ねると、佑の手が伸びて頬に貼ってあるガーゼを取った。
「っ――――」
現れた青あざを見て、佑の顔が悲しげに歪む。
また高ぶった感情を抑えるように、彼は息を吸ってから震わせながら吐いた。
「こ……これは……」
彼の登場ですっかり失念していたが、「そういえば」と思って香澄は言い訳しようとする。
――が、
「――俺の知らない所で、俺の大事なものに傷をつけるな!」
烈しい声で怒鳴られ、恐怖と悲しさ、罪悪感とで胸がえぐられそうになった。
「ごめ……」
謝ろうとしたけれど、佑が被せるように言う。
「頼むから、何かあった時は必ず連絡してくれって言っただろう!」
叩きつけるように言った佑は、ヘアワックスで整えた髪を乱し、乱暴に息をつく。
そして苦しげに表情を歪め、今にも泣きそうな目で香澄を見つめてくる。
「香澄にとっては〝ただ転んだだけ〟でも、俺にとっては死ぬほど心配する事なんだ! どうしてそれが分からない!!」
涙こそ流れていないが、慟哭しているかのような声だった。
「ぁ…………」
佑の荒々しい感情に当てられ、香澄は何も言えず震える。
(そうだ、忘れてた。この人は何より私を心配してくれる人だ。ちょっと前は勝手にいなくなって死ぬほど心配させてしまったのに、私はまた……)
香澄にとっては大した事のない怪我でも、佑にとっては〝自分が側にいない間に起こった不幸〟になってしまうのだ。
いつも佑が過保護なまでに香澄を守ってくれていたからこそ、今こんな事になってしまっていた。
(佑さんは信頼して送り出してくれたのに……)
――自分はその信頼を裏切ってしまった。
佑は一旦高ぶらせた感情を無理矢理落ち着かせ、呼吸を整えながら言う。
「…………頼むから自分がどれだけ大切にされているか、いい加減自覚してくれよ」
「……ごめんなさい……」
香澄は弱々しい声で謝るしかできない。
佑を悲しませた自分には、泣く資格もない。
情けなさと悲しさでこみ上げた涙を、彼女は瞬きをして懸命に誤魔化す。
(違う。こうじゃない。もっとちゃんと話し合おう)
何とか彼に笑ってほしいと思った香澄は、起き上がって佑に抱きつこうとする。
「……佑さ――」
けれど肩を押さえつけられ、ぽすん、と体がベッドに戻った。
ひどく傷ついた、すさんだ目が香澄を見下ろす。
獲物に逃げられないよう、肉食動物が足音を殺して迫るように、佑は音もなくベッドに手をついてのしかかってくる。
そしてヘーゼルの目で彼女を見つめ、とても低く乾いた声で囁いた。
「――あの男と寝たのか?」
「…………え?」
何を言われたのか分からず、香澄はキョトンと目を瞬かせる。
――なに言っているんだろう?
身に覚えがなく、「あの男?」「寝た?」と必死に記憶をたぐり寄せる。
(まさか和也さんに迫られたのがバレた?)
目をまん丸にした事が、佑にさらなる誤解を与えた。
本当に激しい怒りを覚えた時は、『はらわたが煮えくりかえるような』と表現する。
まるでそれを体現したかのように、佑は体を震わせ、泣き崩れる寸前の声を吐き出した。
「――――俺を、…………っ捨てるのか……っ!!」
「…………っ」
血反吐、あるいは魂すら吐き出すかのような叫びに、香澄の全身にゾワッと鳥肌が立った。
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