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第十部・ニセコ 編

再会、そして

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「!?」

『嬉しいじゃないか! 数日も早く愛しい彼に会えるんだよ!? 喜ぶ以外にないだろ!』

『そ、そうですが……』

 喜びを露わにするルカを前にして、焦っていた香澄の気持ちが少し落ち着く。

『今すぐBBQの準備をしよう! 彼をパーティーにもてなすんだ』

 そう言うとまず彼の別荘に連れて行かれ、BBQの道具を外に出しパーティーの準備が始まる。
 ルカは高級食材を置いている店に向かい、惜しげもなく材料を買っていく。

 あっという間の出来事で、気がつけば香澄は材料を切っては外に運んでいた。

 髪を二つ結びにしてニット帽を被った香澄は、パーカーの上に赤いダウンジャケットを着て、いそいそと別荘のキッチンと外を行き来する。

(これで……いいのかな? ルカさんが言う通りにしちゃったけど……、合ってる?)

 心の中は疑問と不安で一杯で、働いていないとどこかに遁走してしまいそうだ。

 自然と足も速まり、外の緩やかな傾斜で「おっとっと」とよろめいた時、ルカが「Va bene大丈夫?」と肩を抱き支えてくれた。

『ありがとうございます』

『どういたしまして』

 礼を言うとルカはにっこり笑い、ポンポンと香澄の頭を撫でてから目を合わせてくる。

『気持ちが焦るのは分かるけど、深呼吸して、ゆっくりゆったり構えて。いいね?』

 茶色い目でパチンとウインクされ、気持ちが緩んだ時――。

 バンッと車のドアが荒々しく閉まる音がした。

 ハッとしてそちらを見ると、いつになくやつれた佑が怒りを隠そうともしないで、ズンズンとこちらにやって来る。

「え……っ、ちょ……っ」

 ――どうしよう。

 一瞬で、心の中が焦りで一杯になる。

「あっ、あのっ、佑さんっ」

 焦った香澄は、一か月ぶりの再会について何か言おうと口を喘がせる。

 が、佑は香澄の横を通り過ぎて、ルカの目の前に立ちはだかった。

『君がカスミの恋人? 僕は――』

 佑はルカが陽気に挨拶するのを無視し、次の瞬間思いきり彼を殴りつけた。

「佑さんっ!?」

 驚いた香澄は悲鳴を上げ、「社長!?」と護衛たちも慌てて走ってくる。

 だが何かが一本切れたような佑は、続けてルカを殴ろうとした。

「やめて!! やめて!! お願い!!」

 何が何だか分からない香澄は泣き叫び、佑の右腕に縋り付く。

 真っ青な顔でルカを殴っていた佑は、香澄に縋り付かれてやっと動きを止めた。
 そして今まで人を殴っていたとは思えない優雅な手つきで、香澄の頬に手を添える。

(――――あ……)

 彼の目を見て、ゾクリと鳥肌が立つ。

 その目は、激しい怒りが限界を突き破り、恐ろしいまでに冷え切っていた。

 彼の雰囲気に呑まれた香澄は、一歩後ずさる。

 そのあと、全身を震わせながら本能的に逃げ出した。

(何で!? 何でこうなったの!?)

 落ち葉を蹴散らして婚約者から逃げる香澄は、何が起こっているのかさっぱり分かっていない。

 佑は笑顔で「会いたかった」と抱き締めてくれると思っていた。
 ルカにも「自分がいない間、よく香澄を守ってくれた」と友情を示してくれると思っていた。

 それなのに――。

 香澄が走って逃げる途中、呉代たちが坂を駆け上がり、すれ違う。

『ミスター、大丈夫ですか!?』

 彼らはルカを心配してくれた。
 安堵したものの、香澄は追いかけて来る佑に怯えて必死に足を動かした。

(どうしよう!)

 走るというより、坂を転がり落ちるという言葉が似合う勢いで逃げていたが、いきなりグンッと強い力で腕を引っ張られた。

「きゃっ」

 そのまま、――足を払われ地面に押し倒される。

「あうっ」

 転ぶ! と思って覚悟したが、痛みはまったく訪れなかった。

 恐る恐る目を開くと、紅葉した木々が秋の晴天に向けてそびえ立つのを背景に、息を乱した佑がこちらを見つめている。

 身じろぎすると、耳元でカサリと落ち葉の音がする。

「香澄……っ」

 彼が熱の籠もった声で名前を呼んだかと思うと、香澄の唇はキスによって塞がれていた。
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