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第十部・ニセコ 編

真奈美の怒り

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 秋成は用事を済ませるために、慌てて走っていく。

 佑は真奈美に案内され、立派なペンションに感心しながら階段を上がっていく。

「奥さん、香澄さんのお客様がいらしたので、コーヒーをお願いします」

 真奈美がキッチンの奥に声をかけると、向こう側から「はーい!」と女性の声が聞こえた。



**



 怒りのあまり体を震わせる。

 言葉としてはよく言われるが、自分が味わうとは思っていなかった。

 真奈美は札幌の近くにある、岩見沢いわみざわ市に生まれた。

 高校生までは目立たない存在で、背が小さく痩せているのもあり、いじめられていた時期もあった。
 大学進学と共に札幌に移り住み、新しい環境で楽しいキャンパスライフを送るようになった。
 三年目には留学もして、すっかり自分に自信がついた。

 今は復学までの間、ニセコで語学力を生かし、コミュニケーション能力をさらに高めたいと思っている。

 人のいいオーナー夫妻に、口数は少ないが頼れる兄貴分の秋山、爽やかイケメンの和也に出会い、ここの生活が大好きになった。

 だが香澄がひょっこり現れ、幸せな生活が壊れていく。

 香澄は芸能人のような華やかさこそないが、透明感と清純さを兼ね揃え、人を魅了する雰囲気を持っている。
 真奈美と同じくパーカーにジーンズとカジュアルな格好をしているのに、立っているだけで存在そのものが〝違う〟ように感じる。

 肌の滑らかさ、光沢はモデルのようだし、側にいるとほんのりといい香りがする。
 行動するにも仕草や歩き方が洗練されていて、ドタドタと騒がしくない。

 そんな彼女に憧れを抱いたが、同時に女としてライバル心を抱いた。

 それだけでなく、生まれた時から札幌出身で、今は東京の大企業で秘書をしている、完全勝ち組の彼女に嫉妬した。

 Chief Everyといえば、あの名物のイケメン社長がいる会社で有名だし、女性誌をめくれば必ずアイテムが旬のマストバイアイテムとして紹介されている。

 香澄は憧れの大企業でイケメン社長の秘書をしているのに、ニセコまできて〝休暇〟を取るという。

 正月でも盆でもないこんな中途半端な時期に、何のつもりなのか。
 大企業は休みも自由なのか。

 そう思いながらも、ペンションの仕事を手伝うというので色々教えてやった。

 最初こそ、彼女は健気とも言える態度で働いていた。

「魅力がある」と思ったので、和也に手を出さないよう釘を刺しておいた。

 和也とはここで会い、一緒に生活するようになってすぐ好きになって告白した。
 付き合う意味でのOKはもらわず曖昧な関係だが、仕事の合間にキスをする関係になった。

 時間がある時はこっそり母屋のベッドでいちゃつき、彼にフェラチオをし、自分も指で達かせてもらい、セックスする仲になった。

 すっかり自分の男になったと思っていたのに、和也は香澄が現れてから、彼女ばかり目で追うようになった。

 ――ずるい。

 このペンションで働く若い女性は自分だけで、確固たるアイドル的地位を築いていたと思っていたのに。

 それなのに和也は肉がついただけの年増を気にしている。

 和也は気付かれないようにしているつもりだろうが、恋をしている真奈美は彼が何をしているかすべて知っている。

 香澄の部屋に近付き、彼女が風呂に入っている間はバスルームを気にしていた。
 おまけに秋山に向かって「香澄さんって胸がでかいし肌が綺麗ですよね」と何度も言っているのを聞き、気がおかしくなりそうだった。

「婚約者がいるくせに和也さんを誘惑したんだ。信じられない!」

 気が付けば、そんな怒りと嫉妬が胸の奥で渦巻いていた。

 和也と香澄が二人で買い出しに行き、別々に戻って来た時は「何かあった」と直感が働いた。
 もしかしたら、香澄とも関係を持ったのかもしれない。

 確認できないまま、真奈美の中で疑惑が膨らんでいく。

 気がつけば香澄が憎くて堪らなくなっていた。

 気晴らしに彼女の部屋に入り、気にくわない下着――大人っぽい高級そうな総レースのパンティ――を薪ストーブで燃やした。

 洗濯物は部屋に入らなければ見えない。
 だが覗き込めば、いやらしい下着が干されているのが分かる。
 それだけで香澄が和也を誘っているように思えて、とても嫌な気持ちになったからだ。

 おまけに婚約者がいると言っているのに、ルカと仲良くなって彼の別荘に入り浸っている。
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