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第十部・ニセコ 編

もし、彼がとても落ちぶれてしまったら

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『カスミの恋人も、きっと僕と同じ思いを抱いていると思うよ』

 言われて、佑もルカと同じ事を言うだろうと感じた。

『彼はその事件で確かに傷付いたと思う。一番につらいのはカスミだけどね。でも君についてはさっき言った通り、一人でうろついて自然治癒を求めるんじゃなくて、甘えたい人に甘えるのが一番だと思う。同じように、彼もカスミの側にいて、癒やし癒やされをするのがいいと思う』

『……そうですね。焦って行動を見誤ったのかもしれません。もっと話し合ったら……』

 また思考に潜ってしまいそうな香澄の肩を、ルカがポンと叩く。

『今はニセコに来ちゃったから、〝過去にこうしていたら〟は考えない。OK? リフレッシュ期間を終えたら、たっぷり彼に甘えるといいよ』

『そうします』

 ポジティブなルカと話していると、どんどん思考が引っ張り上げられていく。

『カスミは彼に申し訳ないって思ってるみたいだけど、僕が思うに彼が今一番求めているのは、カスミに側にいてもらって愛し合う事だ。他の誰が彼と飲みに行って話を聞く事ができても、バリバリと仕事のサポートをできても、彼を本当の意味で満たせるのは君だけなんだよ』

『……私だけ……』

 無価値だと思い込んでいた自分に、価値を与えられ、香澄の目に光が宿る。

『本当に好きなら、どれだけ迷惑を掛けられても嫌いにならない。迷惑を掛けられても、好きな人のためなら尻拭いもするし、一緒に頑張っていきたいって思える。カスミは違う?』

 もし、佑がとても落ちぶれてしまったら――。

 想像もできないけれど、そんな「もしも」を考える。

 世界中の人が敵に回っても、大勢の人が佑を指差して笑っても、石を投げるような事があっても、自分だけは味方でいたい。

 もうすでに、それ以上のものを沢山佑からもらっている。

 恩を受けたから返したい、じゃなくて、好きだから一生彼の味方でいたい。

 佑を想うと同時にジワッとまた涙がこみ上げ、香澄は懸命に手で目元を拭う。

「……佑さんも、私の事をこんな風に思ってくれているのかな……っ」

 パーカーの袖口で涙を拭い、香澄はルカに向かって不器用に笑ってみせる。

『その笑顔を恋人に見せてあげなよ。こんな場所で一人でうじうじ悩んでいても、何も進まないよ? 僕みたいに』

 最後に冗談めかして笑われ、香澄も思わず破顔した。





 いつの間にか窓の外は暗くなり、エスプレッソを熱いうちに三口で飲んでしまったルカは、「これがイタリア式の飲み方だよ」と笑って照明をつけた。

 彼はノートパソコンを開いて、恋人のマリアが作った靴を見せてくれる。
 ツヤツヤと磨き抜かれたお洒落な靴は、機能性もあり職人の技という雰囲気が伝わってくる。

 またマリアの写真も見せてもらえた。
 太陽のような笑顔が魅力的な、飾り気のないナチュラル美人だ。

 香澄はすっかり穏やかな気持ちになり、ルカと一緒にキッチンに立って談笑しつつ、夕食を作り始めた。

 秋が旬のサンマを使って、アサリと一緒にアクアパッツァを作り、リゾットはイカと野菜をトマト煮込みしたベースに、米と溶けるチーズを入れて簡易的に作った。
 ペンネは明日茹でる事にし、サラダを作ってキノコのコンソメスープも作る。

『カスミは魔法使いみたいだね。もしかしたらマリアより料理がうまいかも! これはマリアに内緒ね』

 一緒にダイニングで食事をしつつ、ルカはワインセラーから白ワインを出してご機嫌だ。

『ありがとうございます。本場イタリアの方に対して、私が適当に作った料理で申し訳な』
「No!」

 謝ろうとしたところ、強く「駄目だ」と言われハッとする。

『僕が〝美味しい〟って言ったら美味しいの。いい?』
『はい』

 香澄も二杯ほど美味しい白ワインを楽しませてもらった。

 後片付けをしたあと、牛乳と混ぜるだけのインスタントデザートを作り、二人で「美味しいね」と笑い合った。





『あの少年の事は大丈夫?』

 ペンションの前まで送ってもらって車から降りる前、ルカが確かめてくる。

『オーナーに挨拶をするから、明日も午前中から僕のところにおいでよ。カプチーノを出すしかできないけど、身の安全は保証するよ』

『ありがとうございます』

 ルカと一緒にペンションに入ると、ちょうどロビーで秋成が宿泊客と談笑しているところだった。

「お帰り、香澄ちゃん」

 秋成は片手を上げて笑顔を見せ、宿泊客に断りを入れてからこちらに来る。
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