578 / 1,559
第十部・ニセコ 編
自分を曝け出すのが怖いんです
しおりを挟む
『いつもどうやって過ごしているんですか?』
『んー、音楽かけて読書とかしてるかな。僕、こう見えて本読むの好きなんだ。いつもは仕事が忙しいからなかなか読めなくて、かなり電子書籍の本棚に未読の本があるよ』
『ああ、電子書籍なんですね。それは便利』
ぱん、と胸の前で手を打つと、ルカもニッコリ笑う。
『ねぇ、カスミ。聞き忘れてたけど、イタリア式の濃くてあま~いエスプレッソは飲める? 日本ってブレンドコーヒーが主流なんでしょ? カプチーノの方が飲みやすいかな?』
尋ねられ、香澄はそう言えばあまり本場のエスプレッソは飲んだ事がないな、と考える。
もともとブラックコーヒーも苦くて飲めず、いつも牛乳を入れてカフェオレにして飲んでいる。
『じゃあ、カプチーノでお願いします』
「Ho capito.(分かった)」
豪勢なソファに座って待っていると、ルカがエスプレッソとカプチーノを運んできた。
『はい、どうぞ。召し上がれ』
『ありがとうございます』
ルカが腰掛けた場所は香澄から適度な距離があり、かといって離れすぎてもいない。
よくイタリア人は女性を見ると当たり前に口説くと言うが、ルカは恋人に一途なようだし、やはりステレオタイプでものを見てはいけないな、と思った。
そしてようやく、彼は例の事について尋ねてきた。
『さっきは大丈夫だった? 車の中で……』
一口飲んだタイミングでルカが切り出し、香澄は「あぁ……」と苦笑する。
『私、どこに行ってもうまくいかないんですよね。トラブルの元になってしまうというか。その気がなくても〝愛想を振りまいている〟と言われて、自分が悪いのか分からなくなってしまいます』
『確かに日本人はニコニコしてるけど、日本人同士ならそう言われるのも変だと思うけどな』
もっともな事を言われて、『確かに……』と頷く。
ドイツに行ってよく分かったが、店員でも必要がなければ愛想笑いなどしない。
『カスミは恋人いないの?』
『います。ルカさんのように、結婚を約束した人がいますよ。彼はいま東京なんです』
『どうして側にいないの?』
やっぱりそうなるか、と思い、香澄は言葉を探す。
『……彼はとっても素敵な人なんです。有名人で、沢山の人から好かれていて、富も名誉も兼ね揃えている人です。私は幸運な事に、そんな人に愛されました。私に何かがあると、彼は全力で守ってくれます』
『いい恋人だね。まるで守護者だ』
ルカはゆったりと脚を組み、穏やかな笑みを浮かべて香澄の話を聞いている。
『……でも、彼に甘えっぱなしではいけない気がしたんです。ショッキングな事件があって、彼とメイクラブしようとしても拒絶してしまい、自分が分からなくなりました』
少し込み入った事情を説明しても、ルカは面倒くさがらずに、思慮深い眼差しを向けて聞いてくれる。
『彼から距離を置いて、自分を見つめ直したら、きっとまた元の自分に戻れるんじゃないかって思って……』
『それでニセコまで来た?』
『はい』
カプチーノは濃厚なコーヒーの味わいがあり、無糖派である香澄には甘すぎるほどだ。
だがその甘さと泡立てられたミルクが、心を癒やしてくれる気がした。
『僕とカスミはちょっと似てるね。お互い、本当の愛を知るためにあえて恋人から離れた』
『そうですね』
『僕はカスミのお陰で恋人とやり直すきっかけを得た。だから僕も、できる事があるならカスミに協力したいよ』
『ありがとうございます』
いい人だなぁ、と思い、香澄はカプチーノの残りを飲む。
『でもカスミ、僕も痛感したけど、本人同士が話し合わないと何も進まないよ。僕はマリアと離れて、後悔ばかりしていた。あの時ああ言っていたら良かった。あの時はああすれば良かった。そう思うばっかりで、僕もマリアも何も前進してなかったんだ。カスミが背中を押してくれなかったら、お互い遠慮して、声を掛けられずすれ違ったままだったと思う』
確かにルカの言う通りだ。
ニセコに来て佑の事を思い出し、切なくなって「会いたい」と気持ちは募るが、何をすれば自信を持てるのかまだ何も得られていない。
時間ばかりが過ぎ、焦りを感じている。
別離を決意したあの夜、本当なら佑に縋って素直に「怖い」と伝えて泣いて、二人で乗り越えるべきだったかもしれない。
香澄が無理に大人びた答えを出そうとしたばかりに、こんな回り道になってしまった。
『……私、自分を曝け出すのが怖いんです』
ポロッと出た言葉は、香澄がずっと抱えていた闇そのものだ。
『んー、音楽かけて読書とかしてるかな。僕、こう見えて本読むの好きなんだ。いつもは仕事が忙しいからなかなか読めなくて、かなり電子書籍の本棚に未読の本があるよ』
『ああ、電子書籍なんですね。それは便利』
ぱん、と胸の前で手を打つと、ルカもニッコリ笑う。
『ねぇ、カスミ。聞き忘れてたけど、イタリア式の濃くてあま~いエスプレッソは飲める? 日本ってブレンドコーヒーが主流なんでしょ? カプチーノの方が飲みやすいかな?』
尋ねられ、香澄はそう言えばあまり本場のエスプレッソは飲んだ事がないな、と考える。
もともとブラックコーヒーも苦くて飲めず、いつも牛乳を入れてカフェオレにして飲んでいる。
『じゃあ、カプチーノでお願いします』
「Ho capito.(分かった)」
豪勢なソファに座って待っていると、ルカがエスプレッソとカプチーノを運んできた。
『はい、どうぞ。召し上がれ』
『ありがとうございます』
ルカが腰掛けた場所は香澄から適度な距離があり、かといって離れすぎてもいない。
よくイタリア人は女性を見ると当たり前に口説くと言うが、ルカは恋人に一途なようだし、やはりステレオタイプでものを見てはいけないな、と思った。
そしてようやく、彼は例の事について尋ねてきた。
『さっきは大丈夫だった? 車の中で……』
一口飲んだタイミングでルカが切り出し、香澄は「あぁ……」と苦笑する。
『私、どこに行ってもうまくいかないんですよね。トラブルの元になってしまうというか。その気がなくても〝愛想を振りまいている〟と言われて、自分が悪いのか分からなくなってしまいます』
『確かに日本人はニコニコしてるけど、日本人同士ならそう言われるのも変だと思うけどな』
もっともな事を言われて、『確かに……』と頷く。
ドイツに行ってよく分かったが、店員でも必要がなければ愛想笑いなどしない。
『カスミは恋人いないの?』
『います。ルカさんのように、結婚を約束した人がいますよ。彼はいま東京なんです』
『どうして側にいないの?』
やっぱりそうなるか、と思い、香澄は言葉を探す。
『……彼はとっても素敵な人なんです。有名人で、沢山の人から好かれていて、富も名誉も兼ね揃えている人です。私は幸運な事に、そんな人に愛されました。私に何かがあると、彼は全力で守ってくれます』
『いい恋人だね。まるで守護者だ』
ルカはゆったりと脚を組み、穏やかな笑みを浮かべて香澄の話を聞いている。
『……でも、彼に甘えっぱなしではいけない気がしたんです。ショッキングな事件があって、彼とメイクラブしようとしても拒絶してしまい、自分が分からなくなりました』
少し込み入った事情を説明しても、ルカは面倒くさがらずに、思慮深い眼差しを向けて聞いてくれる。
『彼から距離を置いて、自分を見つめ直したら、きっとまた元の自分に戻れるんじゃないかって思って……』
『それでニセコまで来た?』
『はい』
カプチーノは濃厚なコーヒーの味わいがあり、無糖派である香澄には甘すぎるほどだ。
だがその甘さと泡立てられたミルクが、心を癒やしてくれる気がした。
『僕とカスミはちょっと似てるね。お互い、本当の愛を知るためにあえて恋人から離れた』
『そうですね』
『僕はカスミのお陰で恋人とやり直すきっかけを得た。だから僕も、できる事があるならカスミに協力したいよ』
『ありがとうございます』
いい人だなぁ、と思い、香澄はカプチーノの残りを飲む。
『でもカスミ、僕も痛感したけど、本人同士が話し合わないと何も進まないよ。僕はマリアと離れて、後悔ばかりしていた。あの時ああ言っていたら良かった。あの時はああすれば良かった。そう思うばっかりで、僕もマリアも何も前進してなかったんだ。カスミが背中を押してくれなかったら、お互い遠慮して、声を掛けられずすれ違ったままだったと思う』
確かにルカの言う通りだ。
ニセコに来て佑の事を思い出し、切なくなって「会いたい」と気持ちは募るが、何をすれば自信を持てるのかまだ何も得られていない。
時間ばかりが過ぎ、焦りを感じている。
別離を決意したあの夜、本当なら佑に縋って素直に「怖い」と伝えて泣いて、二人で乗り越えるべきだったかもしれない。
香澄が無理に大人びた答えを出そうとしたばかりに、こんな回り道になってしまった。
『……私、自分を曝け出すのが怖いんです』
ポロッと出た言葉は、香澄がずっと抱えていた闇そのものだ。
21
お気に入りに追加
2,572
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる