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第十部・ニセコ 編

いつか絶対においで

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 途中で「アモーレ」「ティアーモ」と頻繁に聞こえるので、恋人に愛を告げているのだろう。
 マリアという名前が聞こえたのは、きっと彼女の名だ。

 ルカは五分ほど話すと、最後にスマホに向かってチュッとキスをして電話を切った。

 香澄が窺うと、ルカは目尻に浮かんだ涙をキュッと拭い、サムズアップして笑う。

『お陰でマリアときちんと話せた。背中を押してくれてありがとう。しばらく冷却期間をおいたのも良かったのかもしれない。せっかくニセコに来たから、十月いっぱいはここを楽しんで、国に戻るよ。それで、また彼女と歩んでみせる』

『良かったですね!』

 思わず笑顔になると、ルカは香澄の手を握って握手をし、ポンポンと肩を叩いてきた。

 本来のイタリア人の感情表現なら、もっと親しげにハグをしたかもしれないが、ルカなりに和也との事を気遣ってくれたのかもしれない。

『彼女にカスミの事を話したら、ぜひイタリアに連れて来てくれって言っていたよ。お礼がしたいって』

『そんな大げさです』

 まさか自分の話をされたとは思わず、香澄は驚いて首を横に振る。
 自分はただ普通に助言したに過ぎないのに、こんなに喜んでくれるとは思わなかった。

 よりが戻ったのも、もともと彼らがお似合いの婚約者だったからというのも大きい。
 それでも感謝を示す言葉や表情、身振り手振りがあまりにストレートなので、香澄もどこか嬉しくくすぐったい。

『でも本当にいつかイタリアに来てよ。ここで会ったばかりだけど、君にはなんだかピンときたんだ。パッと見て育ちが良さそうだし、素直で可愛らしい。大変な目に遭っていたのに、他人を気遣える優しさがある』

『いっ、いえ! 育ちがいいだなんて。私、普通の一般家庭の生まれですし……』

 慌てて胸の前で両手を振ると、ルカが笑う。

『金持ちの生まれっていう意味じゃないからね? スーパーで困っていた僕に声を掛けてくれた最初の人だし、相手の目をまっすぐ見て話す。服装はカジュアルだけれど、身なりに気を遣っているのが分かる。姿勢もいいし立ち居振る舞いも洗練されてる。僕、そういうのを見抜くのは得意なんだ』

『あ、ありがとうございます……』

 べた褒めされて照れくさいが、そういうものはすべて佑の側にいて身につけたと思っている。

『僕の実家はローマにあるんだ。マンマも他の家族も、きっとカスミを気に入るよ。いつか絶対においで。その時は本場のジェラートもご馳走してあげる』

『ふふ、楽しみにしていますね』

 微笑んだ香澄にウインクをし、ルカはポンとハンドルを叩いた。
 再び車を走らせ始めたルカは、元気いっぱに言う。

『さて! 僕は恩人であるカスミに、とっておきの美味しいエスプレッソを淹れないと』
『本場のエスプレッソ、楽しみにしていますね』

「Lascia a me!(任せて!)」

 ペンションの近くまで来ると、ルカが『レッドパインはどこにあるの?』と尋ねてくる。
 香澄が口頭で説明すると、彼はその通りに車を走らせ、やがて秋成のペンションの前で停車する。

『ちょっと先に挨拶してくるよ。僕がカスミを連れ出しちゃったんだし』
「えっと……」

 ルカが車を降りてスタスタとペンションに向かうので、香澄も慌ててその後を追った。

「お帰りなさい! ……って、あ!」

 ペンションのドアベルが鳴ると、真奈美が例の挨拶をして出てきた。
 が、ルカの顔を見ると「あの外国人だ」という顔をし、遅れて入ってきた香澄を見て分かりやすく表情を曇らせた。

(あー……)

 まさか和也と揉めたのがバレたと思いたくない。

 彼だって自分が不利になる情報を、自分に恋をしている真奈美に言わないだろう。

 しかし恋する乙女は想像力豊かで勘が鋭いものだ。
 加えて香澄は買い出しの途中で抜け出してしまい、責任感がないと言われれば平謝りするしかない立場だ。

 一瞬にしてそう心配した時、秋成の声がして彼が姿を現した。

『いらっしゃいませ』

 ルカは責任者を見て笑顔になり、握手を求める。

『初めまして。僕はルカと言います。さっきはカスミを攫ってしまってすみません』

 香澄からも付け加える。

「叔父さん、私買い出しの途中でルカさんと行動を一緒にしてしまって、仕事を放り出してすみません」

「いや、いいんだよ。最初から彼を招こうと思っていたし、香澄ちゃんが彼と仲良くなれそうなら、彼を助けたいと思った気持ちも尊重したい」

「でも、無責任な事をしてすみません」

 再度謝り、香澄は頭を下げる。

 それに対し、秋成は怒らず温厚に答えた。
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