上 下
569 / 1,544
第十部・ニセコ 編

ルカ

しおりを挟む
(うーん、この感じはフランスかイタリア)

 それでも小麦色に焼けた肌などから、なんとなくイタリアっぽいかな……と推測した。

 佑や双子たちが言うには、フランス人は肌が白く優しげな顔立ちだそうだ。
 目の前の男性からはどこかギラッとした情熱を感じる……ような気がしないでもない。

『今日こそアクアパッツァを作ろうと思ったんだけど、どの魚がいいのか迷っていて』

 そう言って男性はヒョイと肩をすくめ、パックに入った魚を見てもう一度肩をすくめる。

『あー……、なるほど。お国はどちらで、普段どんな魚を使っていますか?』

『国はイタリアだよ。いつも料理人が鯛とかで作るからさ、こっちにある魚のどれを使ったらいいのか、ちょっと迷ってて』

(料理人……。いい所の坊ちゃんかな)

 そう思いながら、香澄はアドバイスする。

『アクアパッツァって、お魚があれば何でも大丈夫ですよ。必ず鯛じゃなくても、ここにある魚ならサーモンでだって、今が美味しいサンマでだって、イワシもサバも、できますよ?』

「Davvero?(本当?)」

 思わず男性がイタリア語で反応し、香澄はにっこりと笑ってみせる。

「E vero.(本当ですよ)」

 ほんの少し囓った程度のイタリア語で返事をすると、男性の顔にパァッと笑顔が広がった。

『ねぇ、君、名前なんていうの? 僕はルカ』
『私はカスミ・アカマツと言います』

『ねぇ、カスミ! 今夜僕の家でアクアパッツァ作ってくれないか? スマホの動画より、カスミに教えてもらった方が作れそうだ』

『え!? えーと……』

 教えるのはやぶさかではないが、自分は秋成の所で働いているという事をあわあわと説明する。

『ふぅーん……』

 ルカはこちらを気にしつつ買い物をしている和也を見やり、ツカツカと彼に歩み寄って話しかける。

『ねぇ、君。〝ペンション・レッドパイン〟のスタッフだよね? 以前に見た事があるんだ。オーナーに、この子を借りれないか問い合わせてくれる?』

 ちなみにペンション・レッドパインという名前は、〝赤松〟からとっている。

 和也はいきなり早口の英語でまくしたてられ、少し固まったあと英語で返事をする。

『電話をするのは構いませんが、彼女、うちの従業員ですよ。あなたのメイドじゃないんですから』

 随分とものをハッキリ言う和也に、香澄は驚いて目を丸くする。
 だがルカは気を悪くした様子もなく、『分かってるよ』と頷く。

『スタッフを借りるんだから、オーナーには僕からその分のお金を出すよ。これでもお金には困ってないんだ』

 その金持ちっぽい言い方が和也の気に障ったのか、彼がまた言い返す。

『ならその金で家政婦でも雇えばいいでしょう』

『ん~、そうなんだけどね。今はバカンスを取っているところだから、なるべくゆっくり一人で過ごしたいんだよ』

『一人で過ごしたいなら、香澄さんを求めるのは矛盾してますよね』

『君、随分つっかかるね? カスミの事が好きなの?』

「な……っ」

 ルカがサラッと尋ね、和也は日本語でうろたえる。

 横でぼんやりと見守っていた香澄は、微妙な気持ちになった。

(あんな風に佑さんの事を悪く言って、私を好きって言っても説得力がないんだけどなぁ……)

 香澄の感覚では、もし自分を好きになってくれる人がいたのなら、その人も香澄の好きなものを理解してくれるもの、と思っている。

 すべての趣味が重なる必要はないが、相手の好きな物を否定しない事は大事だ。
 香澄なら好きな人の〝好き〟を理解して、話題を作っていきたい。

 なので先日の和也の行動は、今になると新人いびりに似た嫌がらせのような気がしている。
 時間が経つほど、あれが好意を持っている相手にする事ではないと思ったからだ。

 大富豪の秘書をしている香澄が、ニセコでアルバイト……など言っているので、勘に障ったのかもしれない。

 一生懸命働いている和也からすれば、「ニセコで副業をしている暇があるなら、東京で働いていればいいだろう」と思って当たり前だ。

 そんな事を考えていると、ルカが口を開いて香澄はハッと我に返る。

『ま、どうでもいいけどさ。オーナーに電話してみてよ』

 香澄が好きなのかと質問しておきながら、ルカは「どうでもいい」と一蹴したので、香澄は内心ずっこけた。

(この感じ……誰かを思い出す……)

 うり二つの金髪が頭の中にふぅっと出てきて、香澄に向かってブンブンと手を振り――、いやいや、と頭に浮かんだイメージを消す。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

処理中です...