上 下
564 / 1,550
第十部・ニセコ 編

バスタイム

しおりを挟む
「それにしても、ここのペンションも立派ですけど、数億する豪邸もあるんですね」

 道民の香澄は、出身地を卑下する意味ではなく、事実として田舎だと思っていた。
 札幌は日本の中で地方都市とされているが、東京に比べると規模が違う。

 それに札幌市内でも車で一時間も進めば、随分のどかな景色になる。
 そこから何時間も進めば、完全に人気の少ない場所だ。

 ニセコも自然が一杯という認識しかなかったのだが、実際来てみると海外の富裕層向けの高級スーパーや貸し物件、豪邸もゴロゴロある。

 以前に麻衣と来た時よりも、今の方がもっと栄えている印象があった。

 どの建物も立派だなぁ……、とぼんやり思っていたが、まさか数億の物件があるとは具体的に想像していなかった。

 香澄の質問に、真奈美がはしゃいで返事をする。

「ありますよー! いわばニセコってお金持ちが別荘買う土地みたいになってますから! 本州には軽井沢とか別荘地ありますけど、北海道の別荘地って言ったらニセコですよ」

 真奈美が勢いづけて言い、くぴーっとビールを飲む。
 その時、秋成が和也に声を掛けた。

「なんだ、和也くんは今日は随分静かだな?」

 その言葉を聞き、黙々と手巻き寿司を食べていた和也が顔を上げた。

「あ、いえ。腹減ってたんで、飯に集中してただけです」
「薪割りやらせちゃったもんな、ご苦労さん。沢山食べてくれ」
「はい」

 和也の声を聞いて何となく気まずくなり、香澄は海苔に手を伸ばす。

 まさか初日でペンションのアルバイトと変な関係になってしまうとは。
 佑から離れて一か月……だが、ニセコで過ごすのは正確にはあと三週間だ。

(無事に過ごせたらいいけど……)

 心の中で呟き、香澄は息を吸ってパクッとシーチキンの手巻き寿司に齧り付き、咀嚼しながら息をついた。





 秋成が食事を終えて席を立ち、ペンションに向かったあと、聡子が戻ってきた。

 久しぶりに叔母とゆっくり話し、東京の〝婚約者〟との生活も根掘り葉掘り聞かれる。

 佑の名前は出ないものの、真奈美も興味津々で聞きたがり、香澄はボロを出さないようにしながらも楽しく会話をした。





「香澄ちゃん、お風呂一番にどうぞ」

 食べ終わってアイスを食べてから、聡子に一番風呂を譲られた。

「え!? いいんですか?」

「いいのよー。おばさんもまだペンションで仕事あるし、私たちが夜に戻ってくるまで、三人とも入っちゃってちょうだい」

 そう言って玄関に向かう聡子に頭を下げ、香澄は和也と真奈美にも頭を下げる。

「じゃあ、お先にいただきます」
「温泉ですから、ゆっくり堪能してくださいね! ゆっくり!」

 真奈美が「ゆっくり」を強調する。
 香澄が風呂に入っている間、真奈美は和也と二人きりになれる。

 彼女の浮き足だった様子を見て思わず微笑ましくなり、香澄はゆっくり入ろうと思った。

 自室に上がってパジャマと下着を持ち、基礎化粧品やボディケア用品、シャンプー類も小さな籠に入れる。
 バスタオルは香澄用に買ってくれた物を、貸してもらえる事になっている。

 脱衣所前にあるホワイトボードの赤いマグネットを、『香澄』と書かれた先頭にポンと置いた。
 まるっきりの他人がいる場所で、遮る物はカーテン一枚というのは些か心許ないが、仕方がない。
 手早く脱いで脱衣カゴに服を入れると、バスタオルを載せる。

(温泉、楽しみだな)

 アコーディオンドアを開き、バスルームに入る。

 普通のユニットバスだが泉質は立派な温泉らしい。
 聡子が言うには〝美肌の湯〟らしく、ナトリウムが基本になっているようだ。

 シャワーを出して足元に掛けたあと、体がびっくりしないように徐々に上に掛けていく。
 流しながら手で体を撫でていると、お湯が普通のお湯よりもヌルッとしているのに気付いた。

(あ、ホントだ。肌がツルツルする……かも?)

 さすがの御劔邸でも、自宅に温泉はない。

 嬉しくなって香澄は全身に温泉シャワーを浴び、髪を洗ってヘアマスクを染みこませたあと、ヘアクリップで髪を留め体を洗う。

 シャボンのボディスクラブで角質を取ると、温泉で流したからかいつも以上に肌がツルツルしたように思える。
しおりを挟む
感想 556

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~

けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。 秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。 グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。 初恋こじらせオフィスラブ

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

処理中です...