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第十部・ニセコ 編

神経を逆なでする惚気

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「有名人ってどういうエッチするんですか? やっぱりヤバイ性癖とか持ってます?」
「げほっ」

 いきなりな質問をされ、香澄は飲み込みかけた唾に咳き込み、目をまん丸に見開く。

(人様のエッチなんてどうだっていいでしょお!)

 心の中で絶叫するのだが、口では素直に言えない。
 とりあえず自分も彼の向かいにあるソファに座り、モゴモゴと言い訳をする。

「そ……その。そういう事はあんまり人には言わない事で……」
「……まー、そうですね。じゃあ、香澄さんは御劔佑のどこが好きなんです? 顔? 金持ちなところ?」

 そう尋ねられ、気持ちがスンッと冷めてしまった。

 佑のすべてが好きで、大好きで感謝していて、一生の恩人だと思っている。
 好きな所なんて挙げ連ねたら一晩では語りきれない。

 なのに、やはり一般的に見て有名人を好きになる理由は、その二点しかないのだと思い知る。

 しょんぼりしながらも、精一杯彼の魅力を伝えた。

「とても素敵な人ですよ。社員思いで、Chief Everyはホワイト企業として何度も受賞しています。オフィスだって社員ファーストな場所になっていて、子連れで出勤したママさんのための保育所もあります」

「確かに美点ですが、それは性格じゃないでしょう」

 和也はさして興味なさそうに言う。

 思わず、香澄は内心で唇を噛んだ。

 佑の優しさや思いやりが今のChief Everyを作っている。
 彼がもっと利己的で冷たい人だったなら、会社だってこれほど大きくならなかっただろう。

(……私、佑さんが作った会社から、まるっと彼の事が好きなんだよなぁ)

 和也に「どこが好き?」と尋ねられて、改めて香澄は佑への想いを自覚してゆく。

 そして今度は、ちゃんと伝わるように彼の素晴らしさを語る。

「落ち着いていて、何をさせてもパーフェクトで、料理も上手いんです。自宅にいる時も、疲れてるのに家事を手伝ってくれて、いつでも私を気遣ってくれます。でもちょっと焼きもちを妬いたら、少し余裕がなくなったりして、そこも愛おしいです。短所のない完璧な人に見えますが、ちゃんと人間臭くて、彼という一人の人間が好きなんです」

「ふぅん……」

 次第に熱の籠もっていく香澄の言葉を、自分から質問したくせに和也は興味なさそうに相槌を打つ。

「毎日仕事で忙しくて、国内海外出張もしているのに、滞在先のホテルのジムも含め、体を鍛えて体力づくりにも余念がありません。ストイックで、自分に厳しいんです。なのに私も一緒に運動しようとすると、初心者のところまで戻ってくれて一緒にしてくれたり……。結局、優しいんですよね。人を思いやる余裕があるんです」

 運動着姿の佑を思い出し、香澄はにやけそうになる顔を必死に抑える。

「見た目だって芸能人に引けを取らないほど美形ですが、佑さんの良さはそこだけじゃないんです。有名人だと外見や言動、年収とかに気が向きがちですが、そうじゃないんです。佑さんは――」

 和也を直視しながら好きな人の魅力をプレゼンするのは恥ずかしいので、香澄はずっと窓の外を見ていた。

 爪をツルツルと弄りながら話していたのだが、不意に顔に影がかかって上を向く。
 すぐ側に和也が立っていて、感情の分からない目でジッとこちらを見ていた。

「な……なんですか?」

 ソファに座り直すふりをして少し離れると、和也がソファに膝を載せる。

「香澄さんっていい女ですよね。可愛いしスタイルいいし、一途で健気な感じがします」
「あ……、ど、どうも……」

 褒められているというのに、素直に喜べる雰囲気ではない。
 和也は徐々に距離を詰め、追い詰められた香澄は思わず腰を上げる。

「あっ」

 だが肩を上から押さえつけられ、座らされる。
 危機感と共にハッとして和也を見上げると、目の奥に危険な熱を宿した彼が歪んだ笑みを浮かべていた。

「俺、年上が好みなんですよ。包容力がありそうで、人生経験豊富なのに、どこか純粋だとドンピシャなんです」
「そ、そうなの?」

 和也の手を払ってまた立ち上がろうとしたが、グイッと手を引っ張られたかと思うと、ソファの上に押し倒されてしまった。

「ちょ……っ」

 ――駄目!

 逃げようと脚をバタつかせ上体を起こそうとするが、和也が馬乗りになって敵わない。

 急に、健二に車の中でレイプされたトラウマと、覚えはないのにマティアスにレイプされかけた思い出が蘇り、ぐっと気分が悪くなり吐き気を覚える。
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