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第十部・ニセコ 編

悲しかった

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「佑……っ、さん、じゃないと嫌だった……っ。『嘘でしょ』って思ったけど……っ、マティアスさんっ、佑さんの知り合いだしっ、いい人っぽいしっ、うぅっ、せっ、責められ……っ、なかったっ」

「香澄は被害者なんだからね……っ。怒っていいし、泣いていいの! 誰かに遠慮する必要なんてないんだよ。私だって悔しいっ!」

 麻衣の体が、怒りと悲しみで震えている。

 自分のせいで泣かせてしまって申し訳ないなと思いながらも、家族以外でに香澄の事でこんなに怒ってくれるのは、佑と麻衣だけだと心の底から感謝した。

「いやだったっ! っの……っ」
「うん」

「マティアスさん、いい人だけど……っ、佑さん以外の男性に、そういう事されたくない……っ。こわ、かった……っ、佑さんに、――嫌わっ、れる、かと思った……っ」

「大丈夫だよ。御劔さんには香澄だけだから」

 トントンと背中が叩かれ、体に心地いい振動が加わる。

「アドラーさんもっ、アロイスさんとクラウスさんも……っ、親戚になるんだから、仲良くしなきゃって思って、る、のっ。いい人だし、奥さんや自分たちを優先して、あ、当たり前だとっ、思ってるっ。で……っも、わ、私もっ、一度は認めて、もらえた、からっ、もっと……っ、た、大切にしてもらえるってっ、思い上がってたの……っ」

 ――そうだ。
 ――悲しかった。

 アドラーが節子のために、フランクに仕返しをしたい気持ちはとても分かる。
 妻が他の男の子を産み、耐えがたい屈辱を得ただろう。

 双子だって自由に恋ができなかったのは同情する。
 彼らが人並みの幸せをを求めるのは、当たり前だと思っている。

 マティアスだって家庭の事情があり、ずっとエミリアを恨んでいたのは気の毒に思う。

 ――それでも。

 一度は認めてくれ、佑の妻となる事を歓迎された。
 何の取り柄もない日本人女性だが、彼らに受け入れてもらえたのだと喜んでいた。

 でも、そうではなかった。

 自分は〝利用できる駒〟に過ぎなかったというのが、存外堪えたのだ。

 アドラーと双子を身内になる人と思い、マティアスも友達になれると好意的に捉えていたために、――「裏切られた」と感じてしまった。

 ――まだ佑と結婚もしていないのに、「裏切られた」だなんて図々しい。

 けれど、そう思って深く傷ついたのは確かだった。

「エミリアさんにも……っ、憎まれてたって、し、知らなかった……っ」

 優しくて美しい人だと思った。

 優雅な姉のような人だと思い、これからも仲良くできると思っていた。

 それなのに実は嫉妬されていたなんて。

 確かに先に香澄からも嫉妬してしまっていたが、初対面でここまでの事をされるほど憎まれているとは思っていなかった。

 同じ女性なのに、何をどうしたらレイプの被害者にしてやろうと思えるのか。
 ……いや、女性だからこそ、一番傷付く方法を分かっていたのかもしれない。

 そう思うと、彼女の優しい笑顔を知っているばかりに、とても悲しくなる。

 グスッと洟を鳴らす香澄の背中をさすり、先に涙を拭った麻衣が落ち着いた声で言う。

「香澄、言いたくないけど、御劔さんの周りにいる綺麗な女は、全員敵だって思っておきな。いい人だって思いたいのは分かるけど、御劔さんはあまりにも〝理想〟すぎる。そういう人は独身でも既婚でも、無限に女が群がるんだよ」

 言われて確かにと思い、頷く。

「申し訳ないけど香澄は〝普通〟だから、勘違い女は『自分でもいける』って思うんじゃないかな。だから香澄は、御劔さんだけを信じな。男でも女でも、御劔さんが『付き合っても大丈夫』って言った人じゃないと、気を許したら駄目だよ。あんたちょっとポヤポヤしてるんだから。〝世界の御劔〟の奥さんになるんだから、もっと危機管理能力高くしないと」

「うん。もっとキリッとする……っ」

 涙を拭って顔を上げると、笑った麻衣が香澄の鼻をつまんできた。

「あんたがキリッとしても、踏ん張ってる豆柴みたいなもんだけどね。しっかり御劔さんに守ってもらいな」

 ポンポンと背中を叩かれ、そのあともしばらく親友の胸を借りて泣かせてもらった。





「……佑さんね。凄く優しいの」
「うん」

 レストランを出て部屋に戻ったあと、たっぷり泣いてカロリーを消費したという事で、二人は『マザーズファーム』で買ったプリンを食べていた。

「私が傷つかないように、悪いものを何も見ないで済むように、優しい物で包んでしまうの」
「あー……。溺愛だねぇ」

「でも私はお姫様じゃないし、頼りないかもしれないけど、自分で戦える女だと思ってる。秘書として役に立って、〝されっぱなし〟の存在にはなりたくない」

 きっぱり言うと、優しく尋ねられる。
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