上 下
549 / 1,550
第十部・ニセコ 編

悲しかった

しおりを挟む
「佑……っ、さん、じゃないと嫌だった……っ。『嘘でしょ』って思ったけど……っ、マティアスさんっ、佑さんの知り合いだしっ、いい人っぽいしっ、うぅっ、せっ、責められ……っ、なかったっ」

「香澄は被害者なんだからね……っ。怒っていいし、泣いていいの! 誰かに遠慮する必要なんてないんだよ。私だって悔しいっ!」

 麻衣の体が、怒りと悲しみで震えている。

 自分のせいで泣かせてしまって申し訳ないなと思いながらも、家族以外でに香澄の事でこんなに怒ってくれるのは、佑と麻衣だけだと心の底から感謝した。

「いやだったっ! っの……っ」
「うん」

「マティアスさん、いい人だけど……っ、佑さん以外の男性に、そういう事されたくない……っ。こわ、かった……っ、佑さんに、――嫌わっ、れる、かと思った……っ」

「大丈夫だよ。御劔さんには香澄だけだから」

 トントンと背中が叩かれ、体に心地いい振動が加わる。

「アドラーさんもっ、アロイスさんとクラウスさんも……っ、親戚になるんだから、仲良くしなきゃって思って、る、のっ。いい人だし、奥さんや自分たちを優先して、あ、当たり前だとっ、思ってるっ。で……っも、わ、私もっ、一度は認めて、もらえた、からっ、もっと……っ、た、大切にしてもらえるってっ、思い上がってたの……っ」

 ――そうだ。
 ――悲しかった。

 アドラーが節子のために、フランクに仕返しをしたい気持ちはとても分かる。
 妻が他の男の子を産み、耐えがたい屈辱を得ただろう。

 双子だって自由に恋ができなかったのは同情する。
 彼らが人並みの幸せをを求めるのは、当たり前だと思っている。

 マティアスだって家庭の事情があり、ずっとエミリアを恨んでいたのは気の毒に思う。

 ――それでも。

 一度は認めてくれ、佑の妻となる事を歓迎された。
 何の取り柄もない日本人女性だが、彼らに受け入れてもらえたのだと喜んでいた。

 でも、そうではなかった。

 自分は〝利用できる駒〟に過ぎなかったというのが、存外堪えたのだ。

 アドラーと双子を身内になる人と思い、マティアスも友達になれると好意的に捉えていたために、――「裏切られた」と感じてしまった。

 ――まだ佑と結婚もしていないのに、「裏切られた」だなんて図々しい。

 けれど、そう思って深く傷ついたのは確かだった。

「エミリアさんにも……っ、憎まれてたって、し、知らなかった……っ」

 優しくて美しい人だと思った。

 優雅な姉のような人だと思い、これからも仲良くできると思っていた。

 それなのに実は嫉妬されていたなんて。

 確かに先に香澄からも嫉妬してしまっていたが、初対面でここまでの事をされるほど憎まれているとは思っていなかった。

 同じ女性なのに、何をどうしたらレイプの被害者にしてやろうと思えるのか。
 ……いや、女性だからこそ、一番傷付く方法を分かっていたのかもしれない。

 そう思うと、彼女の優しい笑顔を知っているばかりに、とても悲しくなる。

 グスッと洟を鳴らす香澄の背中をさすり、先に涙を拭った麻衣が落ち着いた声で言う。

「香澄、言いたくないけど、御劔さんの周りにいる綺麗な女は、全員敵だって思っておきな。いい人だって思いたいのは分かるけど、御劔さんはあまりにも〝理想〟すぎる。そういう人は独身でも既婚でも、無限に女が群がるんだよ」

 言われて確かにと思い、頷く。

「申し訳ないけど香澄は〝普通〟だから、勘違い女は『自分でもいける』って思うんじゃないかな。だから香澄は、御劔さんだけを信じな。男でも女でも、御劔さんが『付き合っても大丈夫』って言った人じゃないと、気を許したら駄目だよ。あんたちょっとポヤポヤしてるんだから。〝世界の御劔〟の奥さんになるんだから、もっと危機管理能力高くしないと」

「うん。もっとキリッとする……っ」

 涙を拭って顔を上げると、笑った麻衣が香澄の鼻をつまんできた。

「あんたがキリッとしても、踏ん張ってる豆柴みたいなもんだけどね。しっかり御劔さんに守ってもらいな」

 ポンポンと背中を叩かれ、そのあともしばらく親友の胸を借りて泣かせてもらった。





「……佑さんね。凄く優しいの」
「うん」

 レストランを出て部屋に戻ったあと、たっぷり泣いてカロリーを消費したという事で、二人は『マザーズファーム』で買ったプリンを食べていた。

「私が傷つかないように、悪いものを何も見ないで済むように、優しい物で包んでしまうの」
「あー……。溺愛だねぇ」

「でも私はお姫様じゃないし、頼りないかもしれないけど、自分で戦える女だと思ってる。秘書として役に立って、〝されっぱなし〟の存在にはなりたくない」

 きっぱり言うと、優しく尋ねられる。
しおりを挟む
感想 556

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~

けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。 秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。 グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。 初恋こじらせオフィスラブ

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

処理中です...