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第十部・ニセコ 編

恋愛と結婚

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「正直……働かなくてもいいよな、とは思う。別に彼女の生きがいを奪いたい訳じゃない。それでもChief Everyの社長である俺の妻になり、クラウザー家関係でも苦労する事を考えると、それ以外の労働で疲れなくてもいいよなと思ってしまうんだ」

 ポツリと本音を呟くと、出雲はジョッキを空にしてから頷く。

「それはあるよな。俺たちレベルの企業の妻なら、どこかに就労して稼ぐ個人の責任よりも、社長夫人としての責任の方が重くなる。美鈴は役員としての意見は言うが、家庭で仕事の話をして余計に突っ込む事はしない。逆に会社で美鈴がいると『やりやすい』という声は聞いている。竹を割ったような性格をしているし、役員のおっさん達とも仲がいいし、社員たちにも気さくに声を掛ける。だから現場の声が届きやすいって言われてるよ。我が妻ながらできた女だよ」

 佑自身も付き合いのある美鈴を思い出し、彼女なら……と思って納得する。

 そして〝強い女〟である美鈴とは正反対とも言える香澄を思い出し、彼女なら今後どうなっていくのだろう、と考えた。

「……香澄はそこまで考えられているかな。プレッシャーを与えたくないから、あえて言ってないとも言えるが」

「香澄ちゃん、まじめそうだから秘書もして社長夫人としての役目も果たして……ってなったら、いつかパンクしそうだな。今も何かしらの限界を感じて、プチ家出してるんだろ?」

 出雲に面白そうな目を向けられ、佑は視線を外し新しい肉を網に置く。

「プチ家出って言うな」

「じゃあ、距離を置かれた」
「やめろ」

「倦怠期」
「殴るぞ?」

 溜め息まじりに言い、佑は網にくっついた肉の端っこを何とはなしにトングでつつく。

「香澄とは何もかもうまくいっている、……はずなんだ。俺は香澄のすべてを愛してるし、香澄だって俺を愛してくれている……はずだ」

 どうしてこう、力のない言葉しか出てこないのか。
 我ながら嫌になって、トングを置くと両手で頭を抱える。

「……お前本当に弱ってるなぁ。以前ならクソ忙しい時だって、ギンギンした感じでガーッと飲んで喰って、翌日また働いてたのに」

「こんなに女に入れ込んだの、初めてなんだ」

 香澄が聞いたら真っ赤になるだろう事をサラリと言い、佑は肉をひっくり返す。

「だろうなぁ。美智瑠ちゃんの時だって、こんな悩む姿見なかったし」

 昔の女の名前を出され、佑は少し苦々しい気持ちになる。

 美智瑠と別れたのは、自分のオーバーワークや彼女を思いやれなかった事が原因だ。
 今回の香澄の事だって佑の過保護がきっかけになった。

 相手が変わっても、佑が原因で女性を離れさせてしまうのは変わらない。

 焼けていく肉を見守りながら、佑は溜め息をつく。

「……俺、割とこう……その気になったら相手に困らない、好条件の男だとちょっと思ってたんだ」

 自惚れた言葉を、出雲は肯定する。

「その通りだと思うけど? 性格もいいし、ヤバイ性癖持ってる訳でもない……と思いたいし」

 からかう出雲を軽く睨み、佑はあまり興味がなさそうに焼けた肉を皿の上に置いた。

「そう思って自惚れていたからこそ、美智瑠に愛想を尽かされてかなりキたんだ。その後はあまり真面目じゃない女づきあいをして、自分でも嫌になって賢者タイムになった。『このまま誰とも結婚できないのかな』と思っていたら、香澄に会えた」

「で、その香澄ちゃんともこうなって、またキてるって?」

 佑は肯定する代わりに無言でハイボールを飲んだ。
 はぁ……っ、と乱暴な息をついたあと、髪を掻き上げつつ頭を抱える。

「香澄じゃないと駄目なんだ。彼女を失ったら絶対どこかおかしくなる。だから最大限譲歩して大切にしようとしているのに……、香澄が遠い」

 思い詰めた佑を、出雲は憐憫の目で見る。
 そして彼なりの励まし方をした。

「お前がやっと身を固めようと思ったのは嬉しい。でもその愛し方だと、まだまだ〝恋愛〟で、落ち着いた〝結婚〟の域にはなってないなって思うよ。いやぁ、若い若い。今のうちに恋愛を楽しんでおけよ」

 達観した物言いをする出雲を、佑は指の隙間から恨めしそうに睨む。

「……人が苦しんでるのに……」

「相手が好きすぎてつらいなんてのも、恋愛の醍醐味だろ? ま、結婚したらしたで、俺は美鈴が浮気しないかビクビクしてるけどな。あいつ美人だし魅力的だし、そこらの男ならコロッといくぞ」

 いきなり出雲ののろけが始まり、佑はまた溜め息をつく。

「結婚しても心配は尽きないんだな。俺も同じ悩みを持ちそうだ」

 それに出雲はどこか楽しそうに同意した。
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