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第十部・ニセコ 編

焼き肉男子会

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 いっぽう佑も、奇しくも最初の週の週末に珍しく友人と会っていた。

「凄い顔だな、佑」

 先ほどからずっと愉快そうな顔をしているのは、化粧品会社の若手社長である針山出雲(はりやまいずも)だ。

 佑より一つ年上の三十三歳で、双子と同い年である。
 しかし双子と並べてみれば、当たり前に出雲のほうが落ち着いている。

 佑ともよく組んで仕事をする事が多く、出雲のツテでChief Everyの専属メーキャップアーティストを探す事ができた。
 世界にシェアを誇る『美人堂』の現社長で、彼もまた佑と並ぶほどの有名人だ。

「……放っといてくれ」

 ハイボールを呷り、佑は網に置いた焼き肉をひっくり返す。

 二人は銀座にある個室焼き肉店にいて、腐れ縁水入らずで話している。

 佑と出雲との出会いは、それぞれが二十代半ば頃の時だ。

 佑のChief Everyが上場を果たした時、出雲はあまりに急進的な会社と自分と年の変わらない経営者に興味を持ち、連絡してきたのだ。

 出雲はいわゆる代々続く大企業の御曹司で、海外の大学で学んで日本に戻ってきたタイプだ。
 さあ日本で家業を継ぎ活動しようと思ったが、同い年ぐらいの似た境遇の人とは、あまり話が合わなかったらしい。

 そこで佑に興味を持って会ってみれば、仕事に対する熱意が強く、将来のビジョンもハッキリしている。
 これは大物になるなと思って付き合っているうちに現在の年齢に至り、かれこれ十年近くの関係だ。

 ふてくされた佑を見て、出雲がからかってくる。

「女一人で〝世界の御劔〟がそれか?」
「……並みの女じゃないんだよ」

 ぶすっとして佑は焼けた肉をタレに置き、白米の上でちょんちょんと汁気を取ってから口に入れる。

「香澄ちゃんだろ? 俺も何回か見た事あるけど。素直そうで可愛い子だよな」
「美鈴(みすず)さんに言いつけるぞ」

 出雲はすでに企業のお嬢様と結婚していて、左手の薬指には結婚指輪がある。

「婚姻届の出し方を教えてやった恩人には、もっと取るべき態度があるな?」

 意地悪に言われ、佑は表情を歪める。

 香澄との婚約が決まったあと、佑は出雲にさりげなく「婚姻届を出す時、区役所でどうした?」的な事を尋ねた。
 確かに未体験の事を教えてほしくて探りを入れたので、出雲には恩がある。

(こうやってからかわれるなら、松井さんに聞いた方が十倍良かった)

 眉間に深い皺を刻み、佑は新しい肉をトングで網にのせた。

「なんなら、いつまでも新婚ほやほやの、ラブラブ夫婦関係を築くコツを教えてやってもいいぞ?」

 佑はカッと目を見開いて出雲を見る。

 が、ぐ……と渋面になると、「その教えを請うまでに至っていない」と呻く。

 何せドイツに行ってからの何だかんだが重なって、いまだに彼女に婚約指輪すら贈れていないのだ。

「俺は香澄と結婚しても、冷めたりしない」
「またまた、意地張るなぁ」

 出雲は焼き肉と白米をパクパクと食べ、冷麺を啜る。
 佑も焼き肉を味わいつつ、「香澄も連れてきたかった」とぼんやり思う。

 何かあればすぐに香澄の事を考え、「ここに彼女がいたら」と思ってしまうのだ。

「……俺は香澄に口出ししすぎてるんだろうか」

「……まぁ、お前のほうが年上だし、世の中の道理も分かってる。自然とそうなるのは当たり前だろう。俺だって妻に対してそうなってると思う」

「俺もある程度は仕方がないと思っている。それでも香澄からしたら、うるさいんじゃ……って心配してしまう」

 キャベツの浅漬けを囓り、佑は遠い目をする。

「彼女の誇りを笑ったり、バカにしなければ大丈夫じゃないか? 俺も妻に対して、そこだけは気を付けている。男女で価値観も違うだろうし、妻が普段何を大切にしているかは気を遣っているつもりだ」

「香澄の……誇りか」

 新しいハイボールを一口飲み、佑は頬杖をついて考える。

 やはり彼女は仕事を大事にしているだろう。

 秘書として佑を支え、仕事をしやすいようにと気を配る事を懸命に頑張っている。

 今は長らく休養中になっているので、気にするだろうと主って仕事の話はしていない。

 それでも彼女が北海道に向かう前、佑や松井に頻繁に会社の様子を尋ねては、申し訳なさそうにしていたのはよく覚えている。

 松井が「今は療養中なのですから、私の事を会社の人間と思わないでください」と言っても、毎朝彼の姿を見ると思い詰めた表情をしていた。
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