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第十部・ニセコ 編

札幌においてきた唯一無二のもの

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「香澄は今まで自分に厳しすぎたから、これからは〝ご飯を食べた〟だけでも、自分を『偉い』って褒めてあげるの。〝朝ちゃんと起きれた〟でも、〝散歩をした〟でもいいし、すっごい低いハードルで自分を褒めてあげな? 人ってね、割と単純なものだよ。その自己肯定感の積み重ねで、自信ができるんだと思う。私だって毎朝出勤前に鏡を見て、誰も聞いてないから『最高!』って言い聞かせてる。そしたらちょっとずつ自信を持てるようになったんだ」

 親友の雰囲気が変わった理由を聞き、香澄は感心して頷く。

「勿論、体型は変わってないし人から見れば何も変化してないと思う。けど、少なくとも自分が自分を否定しないっていうのはとても大事だと思う。自分が味方してあげないと、誰が私を『可愛い』って言うの? って思うし。可能なら楽しくポジティブに生きたいじゃん。そうなれるかどうかは、自分に掛かってるんだよ」

「凄いね。随分、ためになる事を話してくれるね」

 感謝を込めて親友を見つめると、麻衣は笑う。

「これも御劔社長の言葉だよ。『可愛い自分になるためには、外見を整えるだけではいけません。あなたが毎日鏡に向かって自分を〝可愛い〟と褒め、自己肯定感を上げてこそ、〝可愛いの魔法〟は効果を発揮します。自分で自分を褒めてこそ、あなたは輝きます』」

 その言葉を聞き、ふわ……と自分を抱き締める佑の腕を感じた気がした。
 親友の声を通じて、佑の言葉を聞いている気がする。

「…………っ」

 じわっと目頭が熱くなり、香澄は慌てて天井を向く。

「御劔社長って、こういう感じできっと色んな人を間接的に救ってるんだと思うよ。私が変われたのもそのお陰。その御劔社長が癒やしにと求めるのが香澄なんだから、あんたはもっとどっしり構えていていいんじゃないかな」

「でもやっぱり……、佑さん忙しくて大変な人だから、私が頑張らぁっ!?」

 立ちあがった麻衣に、ばちん! と頬を包まれて香澄は変な声を上げる。
 叩かれた訳ではないので痛くないが、むにゅう、と頬を押され唇が前に出た。

「はい、『頑張らないと』NGワード」
「え、えぬじー」

「香澄の悪い癖だよ? 何でもすぐ全力で取り掛かろうとするの」
「うん……」

「あと、なるべく『でも』とか、人の言葉を否定して自分の考えに凝り固まるの、やめよう」
「……はい」

 恥ずかしさを覚え、香澄は小さな声で返事をする。
 麻衣はまた腰を下ろし、姉のような目で香澄の頭を撫でてきた。

「香澄は頑張ってるよ? いきなり御劔社長に引き抜かれて、同居して婚約して。きっと私の知らない苦労が沢山あったんだと思う。それでも途中で『嫌だ』って放り投げないで、ここまできたんでしょ? もうそれだけで、十分頑張ってるよ?」

 よしよし、と頭を撫でられ、涙腺が緩んでしまう。

「うぅ~……。麻衣ぃ……」

 親友にすがりつき、香澄は彼女の肩口に顔を埋める。

 もしかしたら、求めていたのはこうして共感され、褒められる事だったのかもしれない。

 佑はいつでも香澄を肯定してくれている。
 けれど香澄が最も迷惑を掛けたくないと思っているのは、佑だ。

 彼に褒められると嬉しくなって「もっと頑張るね」と思ってしまう。

 けれど麻衣に「頑張ってるよ」と認められると、フ……ッと強ばっていた体から力が抜けて楽になれる。

 そう思うと、いかに自分が日々御劔佑に釣り合うか考え、彼の側で秘書と婚約者を全力でやってきたかが分かる。

 自分では「こんな事、こなして当たり前」と思っていたが、第三者から見れば困難な道だった。

 最初はアンネにきつく当たられたし、百合恵が絡んででヒヤッとした。
 健二との再会で、封じていた過去を思い出した。
 やっと周囲に認められてドイツに行けば事故に遭い、飯山たちにいびられてエミリアの事があった。

 側にはいつも佑がいてくれたが、本音では佑以外の誰かに「頑張ったね」「つらかったね」とねぎらい、認めてほしかったのかもしれない。
 こうやってのろけを含め、色んな話を余計な心配をせず聞いてもらいたかった。

 東京で知り合った人は香澄を〝御劔佑の婚約者〟として見ているので、彼女が佑をどれだけ好きかのろけたり、嬉しかった事などを話せば「自慢している」と取られるのをまだどこかで恐れていた。

 やはり昔からの親友という立ち位置は、佑にも家族にも同僚にも埋められない。

 香澄が札幌に置いてきた、唯一無二のものだ。

「麻衣……しゅき……」

 親友にすがって香澄はグスグス鼻を鳴らし、メイクが落ちるのも構わず涙を拭う。

「よしよし、沢山泣いちゃえ。どうせ泣くのも我慢してたんでしょ? このあとどうせ温泉に入るし、すっぴんになってぜーんぶデトックスだ」

 柔らかな手にポンポンと頭や背中を撫でられ、香澄は笑いながら泣いた。



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